コラム

スマートワークの社会実装は
どうあるべきか

経済学博士(D.Phil.) 慶應義塾大学大学院商学研究科教授 (独)経済産業研究所(RIETI)プログラムディレクター/ファカルティフェロー 鶴 光太郎さん
  • 経済学博士(D.Phil.) 慶應義塾大学大学院商学研究科教授
  • (独)経済産業研究所(RIETI)プログラムディレクター/ファカルティフェロー
  • 鶴 光太郎さん

私たちの働き方は、「テレワーク(在宅勤務)」を筆頭に確実に多様化し、場所を問わないワークスタイルや勤務時間に自由度がある働き方が現れています。この他、複業(副業)の導入や雇用形態の選択制の取り組みも徐々に加速。企業にとっては、働き手が望む選択肢を用意できるかどうかが、従業員エンゲージメントや人材獲得競争において、非常に重要になっています。時間と場所を問わないワークスタイル「スマートワーク」は、私たちの働き方のスタンダードになり得るのか? また、この働き方を社会実装するために私たちにできることは何か? 今回、日本型雇用について経済学の視点で研究されている鶴 光太郎さん(慶應義塾大学大学院商学研究科教授)にお話を伺いました。


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インフラ整備はテレワークの生産性を上げる鍵

ICT革命以前の1980年代、ビジネスにおける連絡手段は電話かファクスしかありませんでした。パソコンも身近な存在ではなく、ワープロを使う程度でしたが、欧米では、その頃からテレワークが行われていました。通勤しなくて済む、家のこともいろいろできるといったメリットはあるものの、コーディネーションやコミュニケーションがとりづらいといったことは、当時から言われていました。その後、90年代に入ると、インターネットの普及によりメールやファイル共有などが可能になり、状況は変わっていきました。私の印象ですと、2010年前後には、テクノロジー的にテレワークの制約はほぼなくなっていたと思います。その頃にはバーチャルオフィスの仕組みがすでにできていて、職場と同じような働き方をテレワークで行うことは可能であり、あとは職場の人たち次第だと感じていました。

ですから現在、オフィスワーカーと呼ばれる人たちは、 基本的にテレワークは可能だと思います。少なくとも、一般的な会議や打ち合わせは、まったく問題ないでしょう。実は私自身、以前は微妙なニュアンスや暗黙知、表情などは、リモートでは伝わらないと思っていたのですが、コロナ禍以降、毎日のようにテレビ会議をするようになって、そうした先入観はことごとく崩れ去りました。話しづらいどころか、お互いが自宅などリラックス環境にいることで、対面よりも、違和感や緊張感なく話せています。

さらに、工場や店舗など、いわゆる現業部門であっても、例えば建設機械の操作や、工場でのさまざまな検査なども、新たなテクノロジーにより、リモートでコントロールできるようになってきました。IoTやAI、ICTなどが、我々が「これはテレワークではできない」と思っていた限界を切り崩しつつあると言えるでしょう。

ここで、興味深いデータをご紹介しましょう。テレワークのメリットは、ホワイトカラーの人たちを中心に考えると、 自立的な働き方をすることで集中力・生産性が上がる、ということになると思いますが、現段階で、日本における調査では、「テレワークの結果、生産性が落ちた」という結果が出ているのです。ただし注目すべきは、コロナ前からテレワークをやっている企業は、コロナ後に始めた企業に比べて約15%、「生産性が上がった」と回答している点です。コロナ禍でやむを得ずテレワークを始めた企業はインフラが整っていない環境でやっているので、生産性が下がるのは当然なのです。お金と時間をかけてインフラを整え、皆が使うことに慣れてくれば、生産性も満足度も上がってくるでしょう。

実際、日本生産性本部が、コロナ流行以降、6回ほどアンケートを実施しているのですが、「テレワークで仕事の効率が上がった」という回答は、第5回までは回を追うごとに高まっています(下図参照)。やはり、“慣れ”の問題が大きいのでしょう。過渡期と考えれば、仕方がない部分もあると思います。

テレワークの実施率、自宅での勤務で効率が上がったかの図

なお、テレワークについて、欧米などの研究結果などを見ると、いくつか留意すべき点があります。まず、労働時間が長くなる可能性があるということ。自分としては非常に生産性が上がったと感じている場合でも、実際は単純に労働時間が長くなっているだけだったというケースがあり得ます。日経のスマートワーク経営調査でも、上場企業600~700社の方々を対象に、「在宅勤務をしている人はそうでない人に比べて労働時間が増えましたか」という問いに対して、管理職については、労働時間が増えたという結果が出ました。

もう1つは、プライベートとの切り分けの難しさです。例えばお母さんたち。皆さん、コロナ禍でも経験されたと思いますが、子どもと一緒に家にいたら仕事にならなかったとか、職場に行ったほうがよほど生産性が上がると感じた方は多かったようです。

さらに、新人など若い人たちのソーシャリゼーションがテレワークでは育ちにくい、とも言えるでしょう。新しい組織の文化にふれ、慣れ親しんでいくには、やはりその中に入る必要があるため、リモートではなかなか難しいのです。これらは、テレワークの今後の課題と言えるでしょう。

※ソーシャリゼーション 社会の規範や価値観を学び、社会における自らの位置を確立すること。

テレワークの課題の図
出典:「第2〜6回働く人の意識に関する調査 調査結果レポート」(公益財団法人 日本生産性本部)

国内における最近の多様な働き方の図

「働き方改革」と「新たなテクノロジーの活用」は、両輪で進めていく

スマートワークというのは、単にITとかデジタル技術などを活用して仕事のやり方を変えていこう、というものではありません。大切なのは、多様で柔軟な働き方であるということ。今後、労働力がどんどん減少していく流れの中で、女性や高齢者など、いろいろな方々がもっと労働参加していく必要があります。そのためには、“時間と場所を問わない働き方”が重要な要素になってくるわけです。この点について私は、「働き方改革」が叫ばれる以前、2013年の規制改革会議当時から、提言し続けてきました。

そもそも、企業がイノベーションを起こすには、そこにいる人たちが多様でなければなりません。そして、多様な人たちを獲得するためには、さまざまな選択肢があり、時間と場所を問わない、多様で柔軟な働き方が、とても大事になってきます。例えば、コロナの影響もあって、テレワークができる・できないは、若い人たちを中心に、職場選びの重要な要素の1つになっています。今後、時間と場所を問わない働き方ができない会社には、優秀な人材は集まらなくなるでしょう。

写真は鶴 光太郎さん。オンラインでお話をうかがいました。
写真は鶴 光太郎さん。オンラインでお話をうかがいました。

また、働き方改革をきちんと進めていくためには、 デジタル化はもちろん、ICTやAIも含めて、新しいテクノロジーの活用を両輪で進めなければなりません。

その大きな理由の1つが、スマートワークの実現にあたっては、ホワイトカラーの生産性の“見える化”が必要不可欠だということが挙げられます。この点については、TOPPANさんもさまざまなソリューションを提供されていますが、これまで目に見えなかったホワイトカラーのインプット・アウトプットをテクノロジーを使って“見える化”していくと、従業員同士で情報を共有できるし、無駄な仕事や無駄なプロセスがはっきりしてきます。それが改善を促し、企業の生産性向上に着実につながっていくわけです。

もちろん、従業員のウェルビーイングも非常に重要です。我々のグループでやった研究に、面白いデータがあります。健康経営といって、従業員が健康になることを企業が一生懸命やると、従業員のウェルビーイングが高まるという結果が出ています。パフォーマンスが上がることで、結果的に企業の利益率も上がるというのが、データとしてもはっきり出てきているのです。

従業員のウェルビーイングを向上させる取り組みをする際には、企業側は一瞬、これをやるとお金がかかるとか、もうけにつながらないと判断しがちです。でも、最初はコストがかかっても、回り回っていくと、ものすごく企業に良い影響を与えることは間違いありません。SDGsも同じですね。このあたりを理解している経営者がいる企業は、 もうすでに、全力でそうした方向に動いています。さらに、そうした企業の姿勢が、従業員にも伝わり、だからこそ従業員もイノベーションを起こせる。そうした好循環を生む働き方、企業にとっても従業員にとってもWin-Winになる働き方こそが、まさに、スマートワークと言えるでしょう。

※ウェルビーイング(Well-being) 直訳すると「幸福」「健康」。世界保健機関(WHO)憲章前文には「健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが 満たされた状態にあることをいいます」とある。


テレワークはイノベーションを起こす人材を育てる場

スマートワークの大きなポイントの1つは、それぞれの人が、もっともパフォーマンスが上がる場所で仕事をする、ということです。例えば、自宅で一人でじっくりやった方が効率が上がるという人もいれば、従来の大部屋型の職場の方が集中できるという人もいる。そこは人によって違うでしょう。ですから、従業員は、自分がどこで働くと一番生産性が上がるのか、きちんと見極める必要があります。

企業側も、従業員にオフィスに来てもらうなら、自宅よりも快適で、より集中できる環境にしなければ意味がありません。例えば、植物がどれくらいあるとオフィスで生産性が上がるか、どんな照明だとより集中力が高まるかなどを、今後、企業は考えていく必要があるでしょう。その結果、やはりオフィスの方が生産性が高かったという人も出てくるかもしれません。そうして、新たなオフィス環境とテレワーク環境が競い合うようになっていったら、面白いですね。

改めて言うまでもなく、スマートワークを実現するためには、徹底したデジタル化は大前提です。ペーパーレスは当たり前だし、全ての情報をデジタル化し、必要な人はどこからでもアクセスできる、そうしたインフラの整備を企業は急がなければなりません。従業員側も、家の通信環境が悪いとか、住環境がテレワーク向きではないといった場合は、改善していく必要があるでしょう。

しかし、長年、大部屋文化で、従業員が会社に集まり顔を突き合わせて仕事をすることで生産性を上げてきた日本企業は、新たなテクノロジーを取り入れる姿勢が非常に弱いです。いまだに「この仕事はデジタル化やテレワーク化はできない」と、固定観念にしばられている経営者や管理職は非常に多く、スマートワーク推進を阻む大きな要因になっています。例えば、経理などは出社しないと仕事にならないと言われがちですが、紙文化を残したままではスマートワークは当然できません。ですから、この仕事はテレワークができる・できないではなく、どうすればできるのかを考えるべきです。

ちょっとした雑談や質問はテレワークでは難しいとよく言われますが、これらも、バーチャルオフィスを使えば問題ありません。仮想空間の中でアバターなどを活用し、一緒にゲームをやったりすれば、フォーマル外のコミュニケーション不足も解消でき、親近感・親密感も熟成できます。セキュリティーの問題も、テクノロジー次第です。難易度はそれぞれ違いますが、新しい技術を活用して工夫していくことで、さまざまな問題が解決へ向かうでしょう。ですから、経営者はまずはテクノロジーを徹底的に利用して、固定観念や先入観を取り除いていくことが、とても大切だと思います。

コロナ禍収束後、変化は起こり得るか(2021年7月)

これまで日本の企業は、メンバーシップ型雇用※1が中心で、従業員は会社の指示には絶対服従であり、企業にどれだけコミットメントするかが出世の大きなポイントになっていました。しかし、そうしたやり方は完全に行き詰まっています。今後は、ジョブ型雇用※2が日本の企業を支えていく非常に重要な役割を担っていくでしょう。求められるのは、どこでも渡り歩いていける、自立した人材、イノベーションを起こせる人材です。

そのためには、2つのジリツ、「自立」と「自律」が必要だと考えています。自分のキャリアを自分で見極め、予想図を描いて、自立・自律的に行動していく。そういう意味では、ジョブ型社員とイメージが重なってくる部分は大きいと思います。

実はテレワークは、そんな自立した人材を育てる場でもある気がしています。新人は別として、ある程度経験のある人間にとっては、成長の機会でもあるわけです。企業と従業員がシビアに見極めあって、いい緊張感を保ちつつ、互いに貢献しあい、互いに成長していける環境——それこそが、今後ますます重要になっていくと、私は思っています。

※1 メンバーシップ型雇用 新卒一括採用型の日本で一般的な雇用システム。
※2 ジョブ型雇用 職務や勤務地、労働時間が限定された、欧米で主流な雇用システム。
出典:「第2〜6回働く人の意識に関する調査 調査結果レポート」(公益財団法人 日本生産性本部)

鶴 光太郎さん

経済学博士(D.Phil.)慶應義塾大学大学院商学研究科教授
(独)経済産業研究所(RIETI)プログラムディレクター/ファカルティフェロー

1960年東京生まれ。84年東京大学理学部数学科卒業。オックスフォード大学経済学博士号取得、経済企画庁入庁、OECD経済総局エコノミスト、日本銀行金融研究所研究員、経済産業研究所上席研究員を経て、2012年より現職。経済産業研究所プログラムディレクター/ファカルティフェローを兼務。内閣府規制改革会議委員(雇用ワーキンググループ座長)(2013~16年)などを歴任。
主な著書に、『人材覚醒経済』(日本経済新聞出版社)、『雇用システムの再構築に向けて—日本の働き方をいかに変えるか』(編著、日本評論社)などがある。2021年春に『AIの経済学』(日本評論社)を上梓。

2022.09.01

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