コラム

キービジュアルに見る
北斎の知られざる一面を

葛飾北斎の生誕260年を記念し、2021年夏、特別展「北斎づくし」が開催されます。 本展で、キービジュアルと会場グラフィックを担当しているのは、ブックデザインや展覧会のアートディレクションを数多く手掛けてきた、祖父江 慎さんです。今回のキービジュアルに込めた想いを中心に、北斎について伺いました。


ideanote vol.142 アーカイブから広がる新しい世界


『北斎漫画』と『踊独稽古(おどりひとりげいこ)』の絵を使ったキービジュアル

風景画だけではない北斎の知られざる一面を
コズフィッシュ代表 祖父江 慎(そぶえ しん)さん


北斎といえば、“富士山!”と“海ざっぱ~ん!”のイメージが強いですが、あれは実は北斎の中のほんの一部分。それをメインに北斎を捉えるのは、ちょっと違うと僕は思っていました。もっと描き散らした人なんです。本当に何でも描いて、「どんだけ絵が好きなんやねん!」という感じなんですよ。『富嶽百景』の中でも、「画狂老人卍(がきょうろうじんまんじ)」なんて名乗って、70歳を過ぎてもまだまだ描き足らないとアピールしています。だから、今回のキービジュアルでも、そんな“どんどん描き続けてしまう人”という部分を強調しようと考えました。それこそが北斎であり、今回の展覧会のテーマだと思っています。

メインの絵は、『北斎漫画』十二編に載っている風を表現した絵の中から選びました。自然現象を絵にするのって難しいのですが、北斎は、風、煙、波、光、雲、火など、何でも描いているんです。中でも、描くことが難しい自然現象の表現がめっちゃすごいので、これに決めました。

そもそもこの絵、顔が隠れていて誰だか分からないですよね。描かれているこの人も、「おーい、なんだよ~、今描くなよ~」なんて言ってそう。そんなふうに、この前、後を思い浮かべることができるし、自然と笑いがちょっと起きるところがある。うまいだけじゃなくて、ギャグセンスもある、北斎らしい絵だなと思っています。

キービジュアルのバックを埋めている絵は、すべて『踊独稽古』という本から取りました。とにかくゆかいな絵が多くて、一発ギャグが百発ぐらい載っているような本なんです。当時流行した踊りの振付を絵で解説したもので、アニメ的な表現と動きのための効果線がたくさん使われています。静止画の中で動きをどう表現するか、そのアイデアの原点ですね。

風景画だけではない北斎の知られざる一面を
「北斎づくし」のキービジュアルと会場グラフィックを手掛けたコズフィッシュの祖父江 慎さん(右)と担当デザイナーの藤井 瑶(ふじい はるか)さん(左)


北斎は、印刷と仲良くしていたアーティストだった

個人的には、北斎作品は、肉筆画より刷り物の方に魅力を感じますね。彫師や摺師など、人の手を借りて、どんどん極まっていく感じが面白いし、すごく現代的じゃないですか。日本の出版の礎になった人と言えるんじゃないでしょうか。

「冨嶽三十六景」などは、北斎はもちろんですが、彫師と摺師の力量も相当なものです。「あの北斎さんが描いた」ということで、みんなすっごく頑張って、すっごいものを作ったのでしょう。素晴らしいチームワークだし、北斎には周りを動かしてしまうカリスマ性やパワーもあったのだと思います。

また、刷り物は、当時の印刷技術や出版の歴史が見てとれるところも面白いです。初摺りはきれいにエッジが立っていて美しいのですが、増刷を重ねるうちに版木が傷んでくると、それでもいい感じに見せようと、今度は色を足したりとか、印刷上の工夫がいろいろされるようになるんです。最初の方の版では割と微かな薄墨だとか、薄い桃色などで上品に摺っていたのが、版が傷んでくると、パワーで押そうと強い青を入れてみたり。今でも出版界では、増刷する時、中身を変えて「前買った人も、もう1回買ってくださいね」みたいな工夫をします。当時も似たようなことがあったんですね。

北斎のイメージがガラッと変わる展覧会!?

北斎というと、『北斎漫画』を取り上げて、“漫画の原点”みたいに言われがちですが、あれはもともと絵のお手本集なので、それだけでは、ちょっと足りないんです。でも今回は『踊独稽古』なども展示することで、動きを表現する効果線や、効果音の手描き文字など、現代の漫画に通じる表現もしっかり見ていただけます。また、北斎が一つのものを劇画タッチ・挿絵タッチ・ギャグタッチで描き分けた『三体画譜(さんていがふ)』にも注目ですね。これは、書に「真行草(しんぎょうそう)」(真書・行書・草書)があるように、絵にも「真行草」があると考えた北斎ならではの絵手本で、北斎の物の捉え方や絵に対する考え方がよく分かります。今回、これらがちゃんとフル装備されたことで、ようやく北斎と漫画の関係にぐっと迫ることができそうです。

北斎は、最近では偉そうな天才画家みたいに思われがちですが、実際の本人は、たぶん全然そうじゃなかったと思います。例えば『北斎漫画』は、いわば著作権フリーのカット集で、北斎は「みんな、どんどん同じように描いていいよ」って言ってるわけです。そういう刷り物は、実にフレンドリー感にあふれています。ですから、今回の展覧会も、偉い人の作品を見に行くんだ!ではなく、江戸時代の週刊誌を見るような気持ちで来ていただきたいですね。そして、皆さんの中の北斎のイメージが、リアルなものになることを期待しています。

祖父江 慎さん
コズフィッシュ代表 アートディレクター、ブックデザイナー
1959年愛知県生まれ。多摩美術大学グラフィックデザイン科入学。工作舎を経て、90年コズフィッシュ設立。すべての印刷されたものに対する並はずれた「うっとり力」をもって、ブックデザインや展覧会のアートディレクション、グラフィックなどを数多く手掛ける。著書にこれまでの仕事をまとめた『祖父江慎+コズフィッシュ』(パイインターナショナル)がある。

2023.10.03

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