2022.09.30

自治体と市民のデジタルタッチポイント整備とその意義

東京ビッグサイトにて行われた「自治体・公共Week2022」で、トッパンはブース出展およびセミナーを開催しました。2022年7月1日、つくば市役所の金塚 安伸氏をゲストに迎え、凸版印刷株式会社の鮫島 淳志と「自治体と市民のデジタルタッチポイント整備とその意義 ~ つくばスマートシティアプリ「つくスマ」の開発・導入経緯 ~」について対談した内容をレポートします。

つくば市の特徴

茨城県つくば市は、日本で2番目に大きい湖である霞ヶ浦の西側に位置する街です。近年人口が増え続けており、25万人を超しました。科学の街として研究施設などが多数ある都市です。つくば市は、下記のような課題を抱えています。

自治体と市民のデジタルタッチポイント整備とその意義

都市と郊外の二極化、多文化共生の問題

北部と南部で高齢化率が高い地域があります。免許を自主返納する高齢者の移動手段についての課題に多くの自治体が直面している中、茨城県は日本で2番目に道路が多く車社会であるため、つくば市も対策がすぐにでも必要な状況です。

一方でつくばエクスプレス沿線の中心部には若い子育て世代が住んでおり、合計特殊出生率が2%を超えている状況です。そのため高齢化率の高い南部や北部の地域と、中心部では課題が異なります。さらに、約140カ国から1万人が居住しており、多国籍化が進んでいます。そのため、情報発信においては多言語版の広報誌を用意するような取り組みがすでに行われてきましたが、必要な情報を届けるということが課題となっています。

つくば市が掲げる中長期的な将来ビジョン

課題を解決しながら発展していくために、「つくば市未来構想」(2020〜2050年)や「第2期つくば市戦略プラン」(2020〜2024年)を掲げ「市民のために科学技術をいかすまち」にしていこうとつくば市は取り組みを進めています。具体的に下記のような基本施策や個別施策が定められ、実施されています。

基本施策:市民のために新たな技術や価値を導入し、進化するまちをつくる

個別施策(1)
スマートシティ推進:人とテクノロジーが共生するスマートシティの推進
個別施策(2)
データ連携基盤整備:データで市民を豊かにするまちの推進
個別施策(3)
行政手続きDX:書かない・待たない・行かないデジタル窓口の推進

そして「つくばスーパーサイエンスシティ構想」への取り組みの中で、つくばスマートシティ協議会プロジェクトとして、多言語ポータルアプリ「つくスマ」をトッパンと開発するに至りました。

「つくスマ」について

自治体と市民のデジタルタッチポイント整備とその意義

デジタル化するというのはあくまでも手段であり、さまざまな選択肢を提供し、課題を解決するためのひとつの選択肢として「つくスマ」というツールを用意しました。スマートフォンのアプリサービスを一方的に提供するのではなく、高齢者の方などが使えるようになるまでの支援も併せて行っていきます。

このような考えの基で開発されたつくスマは、提供開始から2ヵ月間で7千ダウンロードを達成しています。

開発背景

市長の公約だった面もありますが、つくスマの開発はつくば市にとって必要なものでした。従来はホームページに情報をアップしたら終わりで、なおかつさまざまなツールから発信されていたため、情報がどこにあるかわかりづらく自分が受けられるサービスを最適なタイミングで知ることが困難な状況でした。くわえて外国人住民に対する言葉の壁もありました。

トッパンとの開発スタート時には、子育て世代・高齢者・外国人・学生の4つのペルソナを定めてから、開発の方向性を検討していきました。個々の関心に合わせた情報が多言語で発信できるアプリを目指す方針で話が進み、既存のSNSなどではなくオリジナルアプリを作成する選択に至ります。オリジナルアプリでの開発によって、つくスマを見れば必要な情報が簡単に確認できるだけでなく、カスタマイズ性が高く新しい機能を追加しやすい仕様になりました。

仕様

「行政情報をいつでもどこでも誰でも使いやすく」をコンセプトに、つくスマはシンプルで使いやすい仕様にしました。基本機能は「プッシュ通知」・「手続きナビ」・「マップ」の3つです。現在4言語に対応しており、翻訳AIエンジンでの自動翻訳機能を搭載しています。配信情報を日本語で入力し、ボタン1つで、各言語への翻訳が可能です。UI設計にもこだわっており、ボタンの形状や色合いに意味を持たせたほか、新しい情報を追加する際にデザイナーが迷わなくても済むよう、デザインガイドも作成しました。

【つくスマの基本機能】

■プッシュ通知
年代・家族構成・住んでいる地域などを登録すると、ユーザーに最適な情報が届く仕様です。カテゴリー別で情報が整理され、必要な情報が埋もれずに確認できます。

■手続きナビ
選択肢を選ぶことで、必要な情報に迷わずにたどり着けます。詳細をまとめた市のホームページへもダイレクトで飛べる設計です。

■マップ
避難場所やタクシー乗り場の位置、さらに公園は設置してある遊具の種類まで確認できます。つくば市内を走る移動販売車のルートの確認も可能です。

自治体と市民のデジタルタッチポイント整備とその意義

周知活動・利用状況

リリース時はダウンロード数が多くなりますが、ダウンロード数が落ち着いたあとは、地道につくば市全域にチラシを配布したり、広報誌で特集を組んだりと周知活動を行いました。特にキャンペーンなど行っていないので、周知活動でこれだけ多くの市民のみなさんにダウンロードされていることも確認できました。

周知活動だけでは、今後伸び悩んでしまうため新たなダウンロード数拡大手法を模索しています。 また現在のユーザーを年代別に分けてみると、現役世代にあたる30〜50代がメインです。コンテンツ提供が遅れている10代や、高齢者への普及も課題に挙がっています。当初からイメージしていた“アプリを使ってもらえる状態”にするには、行政からの直接的なアプローチだけでなく、家族間のコミュニケーションなどによる世代間交流も普及には重要になってくると感じています。

導入や開発に向けての工夫や苦労

つくスマの導入については、最初からつくば市役所内全員から賛成されていたわけではありません。導入や開発に向けてつくば市とトッパンが取り組んだ工夫についてご紹介します。

役所内の調整

市役所内の調整が課題として挙がるのは、ほかの自治体も同じかもしれません。つくば市ではすでに、ホームページや広報誌にくわえSNSも活用して広報活動が行われていたので、つくスマを導入すると仕事が増えると心配する職員もいました。


そのため導入の前から説明をかさねました。市民の利便性につながる点は職員のみなさんも基本的には認識されています。全体のビジョンを共有し、業務の効率化にもつながり職員のみなさんの負担も軽減できる点を伝え、新しいものへの抵抗感を和らげていきました。

さらに体制図を作成し、機能ごとに担当を決めてコンテンツの維持管理を担当部署ごとで行う体制を整えました。その体制図について市長承認をもらい、各課の仕事として認知させて進めたからこそ、役所内の合意形成ができたといえるでしょう。

自治体と民間企業の共創

つくスマの開発は、つくば市とトッパンの「共創型」の取り組みが実現した例でもあります。「委託型」だとプロジェクトリーダーをつくば市が担当しますが、「共創型」ではトッパンも担当することができ、民間企業も能動的な動きが可能になります。

【委託型】
・目指すゴールやビジョンは自治体が設定。
・自治体側の動きが止まるとプロジェクトも止まる。
・自治体の負担が大きくなる。

【共創型】
・双方が同じベクトルのゴールやビジョンで動く。
・民間企業もゴールのために動く。
・自治体の負担が減る(民間企業の担当者をプロジェクトリーダーに置いてもよい。

つくば市だけでは難しい点を、トッパンがカバーできた部分もあります。アプリはいきなり導入しても利活用されません。そのため事前説明に注力し、ドライブ期間を長めに設定して意見を聞きながら調整を進めました。
とくにつくば市役所内への説明では、「職員が行うと説得力に欠ける」「技術的な説明が困難」という課題がありましたが、トッパンから説明を行うことで、解決できました。 さらにつくば市で元々市民向けに行われていたスマートフォン教室に、トッパンが参加したのもよい取り組みになりました。市民のみなさんに開発中のつくスマを触っていただき、今後のアプリ開発等に役立つ意見をヒアリングできたことは、市の協力がなければ実現困難であったといえます。

くわえてどのようなアプリの開発においてもトラブルはつきものです。リカバリーできるかが重要であり、つくスマの開発ではSaaS型のチームコミュニケーションツールを使ってつくば市とトッパンで連携を図りました。
ただしトラブル対応が円滑に行えたのは、つくば市が行っている人事研修の賜物との見方もできます。データ利活用研修を人事研修で取り入れており、管理職・実務者でレベルを分けて知識の定着が図られてきました。そのためトラブル対応でも、伝えるべき情報がすぐに判断できる土壌が養われていたのです。

今後の「つくスマ」

自治体と市民のデジタルタッチポイント整備とその意義

さまざまなサービスがシームレスに連動している「分野横断型サービス」として、つくスマを拡充させていく予定です。デジタルタッチポイントからの行動変容=市民参加を促すために、スマートシティのさまざまなサービスに活用されることを期待し、下記のような機能の追加を予定しています。

■バーチャル市役所窓口
案内から手続きまでをつくスマからワンストップで行えるようにしたいと考えています。お知らせの発信→お知らせの確認→行政手続きへのリンクタップ→オンライン手続きまでをスマートフォンで完結させる想定です。

■メディアの一本化
つくスマを見ればつくば市の情報が網羅的にわかるようにしたいと考えています。Twitterなどのすでに利用しているシステム(メディア)と自動連携させて、すべての情報が揃っており、タイムラグなく届くような状態を作りたいです。

■市民レポート
地域の課題や困りごとを市民のみなさんからレポートしてもらい、市全体で共有・解決できる仕組みを作る想定です。

■デジタルパスポート
紙のパスや証明書をデジタル化し、つくスマ(スマートフォン)で一元管理できる仕組みを考えています。パスなどを確認・読み込む側の仕組みに変更が必要ないため、導入のハードルは低いです。普段使いできるシーンを増やす取り組みが、認知アップやダウンロードにつながると考えています。

まとめ

画一的で均質なサービスの提供で終わっていたアナログ中心の行政スタイルから、つくば市は脱却しようとしています。つくば市が目指しているのは、さまざまな分野でデジタル技術や自動化の活用が進み、サービスのパーソナライズを達成する“未来の行政”です。市民一人ひとりの暮らしやすさを向上させ市民参加を促す「ともに創る」行政をつくば市は実現していくでしょう。

トッパンでは、つくスマのベースとなった自治体オリジナル構築ASPサービス「クラシラセル」をほかの自治体様にもご提供できるサービスをご用意しております。 デジタルでの情報発信を可能にし、住民の生活に寄り添うスマートシティを推進し、行政DX実現のサポートを今後も行ってまいります。

PROFILE

金塚 安伸

つくば市役所 政策イノベーション部
スマートシティ戦略課

金塚 安伸

鮫島 淳志

凸版印刷(株)DXデザイン事業部 ビジネスアーキテクトセンター
事業企画本部 スマートシティ推進部

鮫島 淳志

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