実践的会社史論 -年史・社史づくりの楽しみ- 第2回 準備する[1]-良いチームを作る-(その2) 東京大学大学院経済学研究科 教授 武田晴人

「良好なネットワーク」

例えば、資料を集める時に、その手掛かりを社内の各方面から得なければならないわけですが、そのためには良い情報が集まってこないと能率が悪くなる。

また、執筆者-年史の書き手-を探す時にも難しい判断を必要とする。「仕事が良くできる人」が、イコール「書ける人」とは限らないし、かと言って、筆はたつけれど仕事はよく知らないという人でも困るわけです。

そのあたりのバランスをどうとるかという時には、例えば、日常的に社内のさまざまな機会でのプレゼンテーションが上手であるとか、あるいは文章をきちっと書けるかなどの評価についての情報が集まってこないとだめです。そんなことを全部知っている人は、多分いないので、最善の選択をするためには、いくつもの情報が集まってきて、それらを総合して判断できるようにしなければならない。多分、そうやって執筆者を集めてもそのまま使える原稿はできないとは思うのですが、それでも、よりましな原稿を集めないと後が大変です。ですから、そういう時に議論をまとめていかなければいけない役割を担っている年史担当者が、良い決定を下せる基盤になるような「良好な人のネットワーク」を作られるかどうかが重要です。これが第一のかなり決定的な条件だと私は考えています。

反応の良い担当者は仕事がしやすい

外から見た印象ですが、私が執筆を約束した会社の年史担当者についてふり返ってみると、その人の力量次第で仕事のやりやすさがずいぶんと違います。

例えば、何か記事-ある事件とかある時期のこと-を書こうとしても資料が足りないことがあります。直接私たちが社内をあちこち探しにいくわけにはいかないので、年史担当者に「こういうことを書くのに必要な資料はありませんか」と尋ねることになる。

こういうとき優秀な担当者は、「それならここへ聞いてみましょう」、「ここへ聞けば分かるかもしれません」というようなかたちで、こちらからのリクエストに対して、自分である程度の反応ができる人、あるいは直ちにできなくても、多少の時間があれば探せる情報源を持っている人です。しかも、単に情報源を知っているだけではなく、その情報を持っている相手との関係-つまり現場の人たちと年史担当者との関係-が良くないと、その反応が良くないことが多い。すぐやってくれないとか、あるいはおざなりにやられて十分な結果が得られない。やらなければと思っても、やってくれるかどうかは、お願いした側との人と人との関係の方が多分重要なのです。

うまくいくかどうかの鍵を握っているのは年史担当者です。会社の事業として年史編纂をしているといっても、組織の中のさまざまなポストの人に対して、社長から協力の指示がその都度、直接出るわけではないからです。横に並んでいる年史編纂室という組織の1つから、横に貫くようなかたちでお願いがいくわけですから、動いてくれるかどうかは人と人との関係にかなり依存する。「彼に頼まれたのだから、一肌脱いでやろう」というような関係が成り立っていてはじめて、年史編纂のような職場横断的な仕事はうまくいくことになります。「良好な」というのはそういった意味が込められています。

余談ですが、『経営者の役割』という経営学の古典を書いたC.I.バーナードが、組織が効率的に動くためにはフォーマルな組織関係だけでなく、その構成員の中にあるインフォーマルな関係が機能しないとだめなのだという趣旨のことをいっています。この言葉に従えば、社史の担当者はフォーマルにだけでなく、インフォーマルにも社内に機能的にネットワークを持っている人が望ましいということになります。

ゲームメーカーとしての担当者

鍵を握っている年史担当者は、社内のネットワークの中心にいる、サッカーでいえばゲームメーカー、司令塔であり、司令官です。その司令官に是非心得ていただきたいことがもう1つあります。それが「冷静に」ということです。これは、簡単なことに見えますが、そうでもありません。

ある有名なオーケストラの指揮者が、良い演奏とは、指揮者もオーケストラも冷静で、観客だけが興奮しているものであり、指揮者やオーケストラがいかに興奮し、盛り上がっても観衆に訴えるものは少ないものだといっているそうです。

私の経験で、少し困ったケースは、次のようなものです。

それは、年史担当者が仕事が面白くなってのめり込みすぎてしまう場合で、そういう場合はおおかた1人で仕事を抱え込んでしまいます。せっかくの仕事ですから、のめり込むくらい面白がっていただいて結構なのですが、それでもネットワークを十分に生かせるような冷静な判断力が重要で、1人で抱え込むとチームとしては機能しなくなります。これでは、能率も上がりませんし、独りよがりの弊に陥りやすいという問題も生じます。ゲームメーカーは、まわりの選手を使うことができなければ、良い仕事をしたとは評価されません。

もちろん、良いチームは、仕事をしながらできてくるという面もあります。初めからそういうものができていることは少ないかもしれません。繰り返し社内のさまざまな人たちに対して年史の仕事に理解を求めていくためのコミュニケーションを通して、最終的には本ができあがる頃にいい関係ができあがるともいえます。そういうことを考慮しながら、人選が行われ、選ばれた人は、冷静に仕事を進めてもらいたいものだと思います。