一見すると「真っ黒な年賀状…? どういうことだろう?」と首を傾げてしまいます。しかし何か仕掛けがあるはず、と思ってあらゆる角度から観察していると「光が当たったところで何かが見えた…!」小さな穴が密集するようにいくつもあいているようです。それなのに触っても頑丈な不思議な加工、これはどうなっているのでしょう?

 見る人を驚かせるオリジナリティの高い年賀状は、アートディレクターにとって次の仕事へつなげる大事なきっかけの一つです。この不思議な表情を見せる特殊な表現技術『マイクロホール015』をアートディレクターの居山浩二さんへ提案したのが、トッパンのディレクター川﨑萌子と仲野昌晴でした。今回は、居山さんと彼らのクリエイティブストーリーをご紹介します。

居山さんの年賀状を普通に見た状態。真っ黒なカードに見える。

居山さんの年賀状を普通に見た状態
真っ黒なカードに見える

角度を変えるとシルエットが浮かび上がる。

角度を変えるとシルエットが浮かび上がる

CREATOR PROFILE

居山浩二KOJI IYAMA

アートディレクター/グラフィックデザイナー

多摩美術大学グラフィックデザイン専攻卒。日本デザインセンター、atomを経て、iyamadesign inc. 設立。
商品企画開発からコミュニケーションプランまで、トータルなディレクションを通じたブランディングを中心に、幅広くデザインを展開している。主な仕事に、「mt — マスキングテープ」、キャンドルブランド「倉敷製蠟」等のブランディング、集英社文庫「ナツイチ」キャンペーン、「東京大学医科学研究所」、NHK大河ドラマ「龍馬伝」等のアートディレクション。D&AD最高賞、カンヌライオンズ金賞、SPIKES ASIA グランプリ、One Show金賞、CLIO金賞、NYADC金賞、DESIGN TOKYO大賞 グランプリ、日本文具大賞 グランプリなど国内外で受賞多数。

 新年の幕開けとともに、毎年その年の干支のシルエットが上品に配置されているデザインと、おもしろい特殊加工で私たちを楽しませてくれる居山さんの年賀状。しかし、2019年は忙しさのあまり、無念ながらも年賀状を出せなかったといいます。

居山浩二さんのこれまでの年賀状の数々

居山さんの年賀状を普通に見た状態。真っ黒なカードに見える。

小口を見ると2色のアクリル板を重ねていることがわかる

角度を変えるとシルエットが浮かび上がる。

厚紙を何層も重ねてつくった合紙を斜めに断裁

 そんな居山さんとの会話から川﨑が提案したのが、髪の毛ほどの小さな穴をあけてデザインをつくる、新しい特殊加工のアイデアです。印刷業界では穴あけ加工はよくある加工のひとつですが、今回ほどの小さい穴は前例がありません。実は、今回提案した技術は本来スピーカーやスマートフォンなどの精密機器、医療機器やスポーツ用品など金属や樹脂の穴あけに使う技術。最も小さい穴の直径はわずか0.15㎜という、世界に誇る日本独自の繊細な技術なのです。

 そもそも、この技術を紙にも使えるのではと考えたのは、特殊加工を活用した新しい表現開発に取り組んでいる仲野。技術者と連携をくり返し、見事、紙への展開が可能に。そうして完成した技術がこの『マイクロホール015』です。常にアンテナを張り情報収集を欠かさない彼の努力から生まれた表現でした。
 仲野からこの情報を聞き、今回の年賀状提案に活かしたいと考えた川﨑は「世の中には数多くの加工表現がありますが、居山さんのこれまでの年賀状デザインにマッチする特殊加工として、小さな面積に施すことでより魅力が増すような加工を厳選し提案しました。」と話します。その結果、この技術は見事採用!真っ黒な紙に猛々しいバッファローの姿が美しく浮かび上がるという、誰も見たことのない年賀状が出来上がりました。
 完成した年賀状を見た仲野も「おもしろいと思っていたマイクロホール015の技術ですが、さまざまなクライアントへ提案しても、なかなか実制作まで結びつかず残念な思いをしてきました。今回、実績ができたことにより“実物の魅力”を伝えられますし、今後の大きな足掛かりになると思っています。」と期待を高めています。

完成した年賀状を持つ居山浩二さん

 実際に年賀状が届いた方からは、黒い紙だと思って驚いたという声も上がったそうです。居山さんご本人が、年賀状が完成した時のことを次のように話してくださいました。
 「世の中では印刷物や紙ものよりデジタルでのコミュニケーションの流れが大きくなっていて、ますますリアルなものでの驚きや喜びが少なくなっていますよね。そんな時にこの提案をもらって、自分でも驚くようなものができたことはとても嬉しいです。最初の試作を見たときには、思わず “おっ!” と声が上がりました。
 年賀状の制作は、技術に関しての知識を蓄える場として自分の中でも大切にしています。まだ埋もれている技術を活かすアイデアをデザインで提示して、用いられるシチュエーションを増やすことに貢献できるかもしれない。これは本当に意義があることだと思います。」

 トッパンでは常に新しい表現技術を模索し、発見、そして開発による作品を生み出し続けています。商品開発を検討されている企業さまなど、ご興味のある方はぜひお気軽にお問い合わせください。

PRODUCT INFORMATION

居山浩二 2021年 年賀状
イヤマデザイン
DM/2020年

アートディレクション・デザイン:居山浩二
企画ディレクション:川﨑萌子
表現開発ディレクション:仲野昌晴

STAFF’S COMMENTS

ディレクター 川﨑萌子

居山さんご自身が印刷加工にお詳しいため、まだ見たことがないものをご提案したいという思いがありました。デザインとの組み合わせによって新しい表現が生まれることを感じ、大変勉強になりました。人に直接会うことが困難な世の中で、年始のご挨拶のお手伝いができたことを嬉しく思います。

ディレクター 仲野昌晴

こちらの技術を保有する会社では、極小ドリルをほぼ人手不要のオートメーションで稼働させることができ、さまざまな素材に穴を開けてきた実績が多数ありました。だからこそ、今回のようなクリエイターの要望に応えることができたと感謝しています。これからも付加価値のある技術を発掘し、世の中に広めていきたいと思います。