「あなたが青く見えるなら、りんごもうさぎの体も青くていいんだよ」——そんな台詞が優しく響くのは、「ブルーピリオド展 ~アートって、才能か?~」の会場内。美大受験や美術大学を舞台に、アートの世界にのめり込む学生を描いた人気漫画『ブルーピリオド』初の展覧会です。作品世界を追体験しながらアートのおもしろさを体感できる展覧会として、リアルの会場(東京 天王洲の寺田倉庫G1ビル)とWebサイト「ブルーピリオド展デジタル」にて開催されました。トッパンでは、展示品である作中絵画(複製画)の制作とデジタル展のVR設計などを担当。今回は自身も美術大学出身で、この漫画の大ファンでもある若手ディレクター、塚田美帆と村松直の「クリエイティブストーリー」をご紹介します。

ワクワク? プレッシャー?
若手ディレクター2人の挑戦

 今回の展覧会では、漫画のなかで重要な役割を担うアート作品の数々が、実際にキャンバスに描かれたリアルな絵として来場者の前に並びます。歴史的名画を含むそれらの作品は、現物ではなく印刷で複製されたもの。作中絵画の制作という重要な仕事を担当したのは、入社3年目になる塚田です。

 高品位印刷を専門に扱う部署に所属し、自ら「印刷萌えです」と笑うほど、印刷表現の可能性に強い探求心を持つ彼女。入社以来、プリントメディアにおける新表現開発をミッションとするチームで、主に「リアルテクスチャ®」の見本帳制作で実績を積み、立体スキャンを用いた撮影のノウハウと、スクリーン印刷による盛り上げ加工に関する知見を着実に蓄えつつありました。今回担当として声がかかったのは、一つひとつの仕事に丁寧に向き合う姿勢が評価されてのこと。自身も愛読している漫画がテーマの展覧会だっただけに「まさか自分が『ブルーピリオド』の展覧会に関わるなんて」と驚きながらも、印刷設計の経験豊富な上司のサポートの下、制作に参加しました。

 一方の村松は、大学でグラフィックデザインを学び、印刷を始め、さまざまな表現に挑戦したいとトッパンに入社。流通系企業のカタログ制作を主に担当する傍ら、VRを活用した企画を提案するなど、リアルメディアからデジタル分野まで幅広く活動しています。その熱意や、何事にも果敢に、粘り強く取り組む姿勢が買われ、今回の展覧会ではデジタル展のWebサイト設計とVRギャラリー制作、音声ガイドのUI設計を任されることになりました。「デジタル展はお客さまにチケットを買っていただくもの。それに見合う内容にしなければと、緊張感を持って臨みました」と振り返る村松。こうして、若手2人の挑戦が始まりました。

展示会場を構成する作中絵画(複製画)は、原作の設定・画材・用紙に応じて個別に印刷方法を設計。複製の域を超えた作品を目指しました。VRは会場が完成してから制作を開始し、会期の中盤で公開。リアルとデジタルを連動することで、チケット購入者が展覧会を長く楽しむことができる企画に。
©山口つばさ/講談社/ブルーピリオド展製作委員会

印刷もデジタルも、
“再現性の高さ”が最大の課題

 展示作品の制作において、展覧会を企画するクライアント側から出た要望は「できる限り原画に忠実に、リアルに再現する」というもの。しかし原稿には、印刷するサイズよりもかなり小さい現物や、撮影したままのデータも含まれていました。そこで、まず印刷サイズより小さい現物は高解像度でスキャンし、撮影したままのデータは画像のゆがみや色調を補整。そのうえで、作品の画材や描画方法に合わせ、1点1点印刷方法を考えていきました。

 「例えばゴッホの油絵は、絵の具を厚く盛ったタッチが特徴。それを印刷で再現するために、最初に白インキを盛って凹凸をつくり、その上にカラーインキで色を付ける方法を取りました。鉛筆デッサン画では、鉛特有の鈍い光沢感を出すために銀のインキで下刷りを行い、その上にスミインキを重ねています」(塚田)

 実際に出来上がった作品を見ると、油絵の具の立体感やキャンバス目地のテクスチャーが見事に再現され、これが本当に印刷なのかと疑うほど高精度な仕上がり! また、木枠付きのキャンバスで展示される作品は、側面にも絵の具がはみ出しているように見せるため、絵の周囲をデータ上でつくり足す工夫も施しました。納期まで時間がないなかでも、製版担当者と一緒に「作者はこんな風に筆を運んで描いたのでは?」と想像しながら進める作業。「原作を読んでいるからこそ、愛情を持って、自分の作品のように制作に当たりました」と塚田は言います。

展示風景より ゴッホ「ローヌ川の星月夜」( 絵画素材提供:ユニフォトプレス)
インクジェット出力による複製。白インキを盛って凹凸のあるベースをつくり、ゴッホの独特な筆致や油絵の具の立体感を再現。

展示風景より 「森先輩の天使の絵」
インクジェット出力による複製。原稿の周囲にデータをつくり足し、出力してから木枠に巻き付けることで、側面にも絵の具がはみ出している油彩のリアルな佇まいを目指した。
©山口つばさ/講談社/ブルーピリオド展製作委員会

「八虎の一次試験の絵」
オフセット印刷による複製。銀インキの上からスミインキを重ねることで、鉛筆の“鉛”独特の鈍い光沢感を創出。
©山口つばさ/講談社/ブルーピリオド展製作委員会

 こうして展示作品が完成し、会場の準備ができたら、次はそれをデジタル上でも鑑賞できるようVRの準備に取り掛かります。展覧会となれば画像の美しさは必須。遠方にお住まいで会場に来られないお客さまのためにも、村松は「自分が初めて会場を回ったときの印象をそのまま伝えたい」と妥協のないVRを企画しました。

 作品の質感やリアルな佇まいを再現するため、会場と作品の撮影は一眼レフで1枚1枚丁寧に。何枚もの高精細画像をもとに高画質VRを制作したほか、会場で流れている映像や音声ガイドもVR上で再生できるように工夫。こだわりと技術を詰め込んだハイレベルなVRは、見る人にまるで会場にいたかのような記憶を残します。

 合わせて制作したデジタル展のWebサイトでは、『ブルーピリオド』の作中に登場するスクラップブックをデザインのモチーフにセレクト。村松が作品を最初から読み返してたどり着いたというこのアイデアは、作品の世界観を象徴するだけではありません。「お気に入りの画像をどんどん貼っていくスクラップブックと、コンテンツが随時追加されていく今回のWebサイトは、非常に親和性があると思いました」と村松が語る通り、Webのユーザビリティに合っていることも大きなポイントです。

会場内の30カ所にポイントを設け、一眼レフカメラで高精細画像を大量に撮影したVRギャラリー。音声ガイド(画像内左側)の切り替えや字幕表示では、見る人のストレスにならないUIを徹底。キャラクターVer.の音声字幕は、まるで登場人物たちがチャットをしているかのような画面を設計しました。
©山口つばさ/講談社/ブルーピリオド展製作委員会

「ブルーピリオド展デジタル」Webサイトのトップページ。
作中でも登場するスクラップブックをデザインのモチーフに使用。作品の世界観を表現しながら、Webのユーザビリティにも配慮した設計に。
©山口つばさ/講談社/ブルーピリオド展製作委員会

情熱を描いた作品に、
情熱を持って携わっていく

 「普段はBtoBの仕事が多いので、今回、SNSを通じて来場者の反応をダイレクトに聞けたことが新鮮でした。展覧会に携わる醍醐味、自分がその一端を担うプレッシャーや責任感を今後も大事に持ち続けて、印刷技術を追求しながらこだわりの詰まった作品づくりをしていきたいです」と話す塚田。村松もまた、「展覧会の仕事を経て、ユーザー体験を今まで以上に意識するようになりました。制作物を“体験”として捉え直し考えるのは、どの案件においても大切なこと。メイン業務であるカタログ制作にも、この視点を活かしていきたいです」と今後への抱負を語りました。

 印刷と作品のディテールにかける塚田の探求心と、自らの経験や想いをエンドユーザーの体験へと結びつける村松の試み。真摯な想いに満ちた若手ディレクターの活躍に、今後もぜひご期待ください。

PRODUCT INFORMATION

©山口つばさ/講談社/
ブルーピリオド展製作委員会

「ブルーピリオド展~アートって、才能か?~」
東京 天王洲 寺田倉庫G1ビル(会期:2022年6月18日~9月27日)
Webサイト「ブルーピリオド展デジタル」(会期:2022年7月15日~10月27日)

ブルーピリオド展製作委員会
展示作品印刷設計、VR・Webサイト制作/2022年

ディレクション(印刷・仕様設計):塚田美帆
ディレクション(Web、VR):村松直

STAFF’S COMMENTS

ディレクター 塚田美帆

鉛が鈍く光る鉛筆画、触ると手に粉がつく木炭画、絵の具をたっぷり盛り上げて描く油彩画。作品が持つ特徴を読み解き、魅力を表現できる印刷手法に結び合わせていきました。手探りな点も多かったのですが、印刷のおもしろさに触れながら、熱量の高い制作の皆さまと作品づくりができて学びの多い案件でした。こだわり抜いて完成した作品たちが、ご来場いただいたお客さまに感動を与えたものになっていればとても嬉しいです。

ディレクター 村松直

ファンとして愛読している作品の展覧会に関わることができ、非常に嬉しく思います。さまざまなもののオンラインシフトが加速していくなかで、展示の新しい楽しみ方を世の中に提供できればと考えながら制作いたしました。実際の会場で私が見た雰囲気や空気感を、できる限りそのままパッケージングできたのではないかと思っています。少しでも多くの方に楽しんでいただけたのであれば幸いです。