「見本帳(サンプルブック)」とは、商品のリアルな色や素材感を確認するために、現物の一部を切り取ったサンプルが貼られた冊子のこと。建装材や繊維業界などで重宝される一方、重くかさばりやすいといった使い勝手の不便さや、制作における作業負荷の高さ、製造コストの高さ、増刷のしづらさ、廃棄方法など多くの課題を抱えているツールでもあります。今回は、当社独自の印刷技術『リアルテクスチャ®』で、そうした課題の解決を実現した、福田大、大橋未季、石川容子の「クリエイティブストーリー」をご紹介します。

豊富な印刷表現の知見から、お客さまに課題解決を提案

 福田は入社してからの3年間、印刷表現工房「GALA(グラフィック・アーツ・ラボラトリー)」に在籍し、熟練の印刷技術者が腕を揮う校正刷りから当時最先端のデジタル画像処理まで、印刷表現に関わる幅広い領域を学びました。その後、ディレクターとして多種多様な企業のプロモーション案件に従事。キャリアを積むなかで福田の主戦場は変わっていきましたが、常に印刷表現に関する知見や人脈を携え、クリエイティブ面はもちろんのこと、業務の効率化も含めた課題解決に取り組んでいます。

 今から遡ること3年前、福田は同じ本部のメンバーが、当社が長年培ってきた印刷技術に先鋭的なデジタル技術を掛け合わせた『リアルテクスチャ®』の実用化に取り組んでいることを知りました。自身がカタログのディレクターとしてお付き合いのある、物置のシェアNo.1ブランド「イナバ物置」の担当の方に提案したら喜んでもらえるのではないか――そう直感し、営業に掛け合い早速サンプルを持って訪問したところ、予想以上に反応は上々。福田と同様に手ごたえを感じた営業の機動力も相まって、すぐに試作に取り掛かることになりました。

商品の現物が貼られた、従来の「イナバ物置」カラーサンプル

“実在感”に挑戦する印刷商材『リアルテクスチャ®』とは

 『リアルテクスチャ®』とは、「立体スキャニング技術」と「スクリーン印刷によるテクスチャ加工技術」の掛け合わせによって、紙面上に現物さながらの見た目と触り心地を再現する商材です。試作にあたり、福田がこの技術の実用化に取り組んでいるメンバーに相談したところ、担当に抜擢されたのが大橋でした。大橋はプリントメディアにおける新表現開発をミッションとするチームに所属し、立体スキャンを用いた撮影のノウハウと、スクリーン印刷による盛り上げ加工に関する経験を短期間に集中的に積み上げ、知見を蓄えていました。

 「イナバ物置」ブランドの見本帳で扱われている商品は、主に物置とガレージです。住まいの景観と調和する絶妙なカラーリングが魅力で、ラインナップも豊富で質感もさまざま。それらの特徴を再現するため、大橋はまずインキづくりから着手しました。例えばラメ感のある素材は、粒子の異なる複数のラメをブレンド。ヘアライン(単一方向への研磨によって生成される細い筋目)素材には、銀インキの濃度・透明度を調整。データを取りながら、最少の版数で最大効果が見込める表現手法を緻密に設計していきました。

 そうして完成した試作品を提案した結果、質感表現については好評でしたが、色について再調整の依頼を受けました。見本帳はその特性上、品質管理部門から厳密なチェックが入るなど、高い再現性が求められます。今回、立体スキャンで取り込んだ画像に色調補正を施し、さらに色ブレの少ないデジタル印刷機で印刷した紙面上にスクリーン印刷を重ねて質感を表現する手法を採りましたが、スクリーン印刷でインキを重ねた際に、ベースとなる印刷物の色が変わってしまうという課題がありました。通常の印刷よりもさらに高いテクニックが必要となる色合わせの難題。大橋は、高品質印刷設計の専門チームに相談することにしました。

当社商材『リアルテクスチャ®』の見本帳

技術をつないで難題をクリアし、次のクリエイティブを創出する

 そうして声が掛かったのが、高い品質が求められる印刷設計を得意とするプリンティングディレクター、石川です 。石川はオフセット印刷の領域だけでなく、一度印刷した紙面の上にスクリーン印刷を施す加工の経験も豊富。スクリーン印刷でグロスやマットなどの透明インキを塗工する際、インキの輝度感や層の厚み(重ねる回数)によってベースとなる印刷面の色みがどのように変動するか、濃度・色調の変化の傾向を押さえていました。今回もその経験値を活かし、加工後の色調変化を予想しながら1%を刻む調整指示を入れていきました。

 現在では当社独自の変換技術が開発され、加工に合わせてある程度の精度まで自動で色合わせをすることが可能になりましたが、より本物らしい色を再現するための最終調整には、ハイレベルな製版技術とプリンティングディレクターの色合わせ技術が不可欠です。

特に難易度の高いグレー系の色調は、チャートで色の方向性を絞った後、さらに緻密なシミュレーションを行っている

 福田が起点となり、大橋、石川と得意技術をリレーして実現した「イナバ物置」のリアルテクスチャ見本帳。完全な分業ではなく、それぞれの専門領域における強みを活かし合いながら取り組んだ結果、多くの人が納得するツールとして無事に納品を迎えました。そして、最初の試作提案から年月を経て、現在では「イナバ物置」ブランドのすべての現物見本帳がリアルテクスチャ見本帳に置き替わり、営業の方々の販売活動を支えています。

 試作時に難局となった色合わせは、経験が蓄積された今では初校で校了となることも。一方で、新商品が出て新しい見本帳制作の依頼を受けるたびに、新しい課題にも直面します。しかしそうした課題こそが、技術を磨くためのチャンス。各分野のプロたちが最適な手法を模索しながら、あるいは新しい方法を編み出しながら、高いクオリティを実現するための勘どころを、日々磨き続けています。

「イナバ物置」ブランドのリアルテクスチャ見本帳のラインナップ

PRODUCT INFORMATION

「イナバ物置 Color Sample」
稲葉製作所
見本帳制作/2020-2021年

ディレクション:福田大
ディレクション(質感設計):大橋未季
ディレクション(色調設計):石川容子

STAFF’S COMMENTS

ディレクター 福田大

印刷が得意としてきた「視覚的」な再現に加えて、「触覚的」な再現技術を加えた『リアルテクスチャ®』は、見本帳の表現に最適だと感じていました。お客さまからは、現物を用いた見本帳を製造する際の苦労や増刷時の負荷についてお話を伺っていたため、今回の取り組みで高い再現性とお客さまの負荷軽減といった課題の両方を解決できたことを嬉しく思います。私自身、まだまだ印刷で解決できることがあるのだと、あらためて気づかされました。

ディレクター 大橋未季

特殊な印刷の組み合わせでできている『リアルテクスチャ®』は、さまざまな表現ができる一方で、色調合わせや印刷設計は地道な努力の積み重ねでできております。また、営業・企画・製版・製造全体が連携しないと実現できない商材です。大変なところもありますが、新色が出るたびに“どのように表現しようか”とわくわくしております。ぜひ一度お手に取ってご覧いただけると嬉しいです。

プリンティングディレクター 石川容子

シルク印刷ではインキの種類や数、版の作り方によって色や濃淡の見え方が大きく変化します。『リアルテクスチャ®』は現物の質感再現にこだわって加工設計されているので、その組み合わせ方に決まりはありません。色調の精度を高めていく作業は決して容易ではありませんが、お客さまや手にされる方々にとって、少しでも使いやすい見本帳になるように、今後も真摯に取り組んでいきたいと思います。