トンボ鉛筆のブランド「ABT」は、1984年に日米欧で同時発売された水性グラフィックマーカーです。全108色のラインナップで、プロユースに応えるペンとして長年愛されてきました。ここ数年は、SNS上で手描きの作品で交流を図るアートブームにおいても注目を集めています。2020年、この「ABT」を用いたアートコンテストが創設されました。予想を上回る応募数の作品審査を経て、受賞作品は作品集として結実。今回は、審査会運営から作品集制作までを担当した中野桃香の「クリエイティブストーリー」をご紹介します。

豊富な経験と提案力で、初めて尽くしのコンテストに挑む

 企業カレンダーや販促ツールの制作を担当してきた中野は、さまざまなジャンルのアーティストを起用した企画制作の経験が豊富。独自の視点と提案力を、数々のコンペで発揮してきた実績の持ち主です。2020年4月、当社のマーケティング部門より相談を受け、トンボ鉛筆主催「ABTアートコンテスト2020」に携わることになりました。

 このコンテストは、手描きのアート振興を目的に、インターネットを通じて誰でも応募できる新設のアートコンテストです。中野が参加したのは、ちょうど企画の要となる審査員検討の真只中のタイミングでした。トンボ鉛筆がアートコンテストを開催するのは、今回が初めてのこと。審査会そのものが主催者とスタッフにとって“初めて尽くし”でした。

 そこで中野は、同じチームのメンバーであり、デザイン分野における講演や企画支援活動に長け、審査会の経験も豊富な久保田秀明にコンテストの運営の全体監修を依頼。当社のシニアクリエイティブディレクターとして参加してもらい、助言を得ながら提案に着手しました。

DIRECTOR PROFILE

久保田秀明HIDEAKI KUBOTA

東京藝術大学デザイン科卒業後、1979 年凸版印刷株式会社入社。店頭POPを中心としたセールスプロモーションツールの企画制作に従事。2007年にグラフィック・アーツ・センター長就任。2012年より同センターのシニアクリエイティブディレクターとして、デザイン分野で多くの企業、美術系大学、諸団体、自治体などでの講演や、企画支援活動を行っている 。デザインコンサルティング事例多数。また当社のプリンティングディレクションと各種クリエイティブ諸団体との関係強化にも注力。2001年より16年間、日本プロモーショナル・マーケティング協会(JPM)・ショー委員会委員長として企画を推進。現在同協会参与。毎年JPM展の作品解説講演会を開催。2011年より4年間、全国カタログ展・全国カレンダー展の実行委員長を務める。

「ABTアートコンテスト2020」告知ポスター

「ABT」ならではの審査員と、コロナ禍で迎えた最終審査会

 審査員のキャスティングには、「ABT」という商品の潜在能力を最大限に引き出すべく、多彩なメンバーが求められました。水彩アートやイラストレーションを得意とするアーティストはもちろん、カリグラファー、グラフィックデザイナー、漫画家、そして美術・芸術系大学の教授やキュレーターなど、ジャンルを広げて候補者を選出。そのなかからコンテストの活性化や話題性を考慮してさらに候補者を絞り込み、主催側への提案を行いました。中野自身にとっても、かつてないほど幅広いジャンルと向き合ったキャスティング提案。粘り強いやりとりを経て、応募者にとって魅力的な審査員6名が決定しました。

幅広いジャンルより招聘された豪華な6名の審査員

 今回は初のアートコンテストということで、応募作品数は200作品を目標にしていました。ところが蓋を開けてみると、集まったのは予想を超える668作品。どれもクオリティが高く、驚きと喜び、そして受賞作品を選出する苦悶を味わいながら、審査は進みました。
 最終審査は6名の審査員が集合して開催される予定でしたが、直前で緊急事態宣言の発令。審査の中断も危惧されましたが、審査員のうち3名はトンボ鉛筆の審査会場に参集、3名はオンラインでの参加に分かれて審査会を行うことになりました。もちろんこれも、中野と久保田にとって初の試み。起こり得る状況を想像しながら緻密な進行表を設計し、俯瞰カメラとハンディカメラを駆使した画面共有やコミュニケーションの取り方、投票方法などを何度もシミュレーションして本番に臨みました。

総合グランプリ受賞作品:
「Little Journey」吹野千鶴氏

総合準グランプリ受賞作品:
「こんにちは」にしだやともみ氏

手描きアートの魅力と可能性を、次なるクリエイティブへ

 今回のコンテストの賞は、総合グランプリ、準グランプリ以下、3つの部門賞(絵画・イラスト/ハンドレタリング/立体・クリエイティブ各2名)があり、加えて審査員賞6名、学生賞3名、入選20名という設定でした。ところが候補作品が絞られていくにつれ、審査は熱を帯び、審査員のコメントには作品と作者に対する深い愛情が込められるように。当初20名の設定だった入選は、特別に26名にまで拡張されることとなりました。その結果に中野は、あらためて手で描くことの魅力、日々を彩る手描きアートの可能性や存在意義を感じたといいます。

 こうしてトンボ鉛筆初のアートコンテストは無事に完遂。成功の喜びもつかの間、中野は引き続き、「ABTアートコンテスト2020作品集」の制作を依頼されました。「ABT」の特性と響き合う技法、多様な個性に溢れた受賞作品と再び向き合い、丁寧に仕上げる次のクリエイティブが始まります。完成した作品集が、新たなアートとの出会いや挑戦の契機となることを願って。

PRODUCT INFORMATION

ABTアートコンテスト2020
トンボ鉛筆
審査会運営、作品集制作/2020-2021年

ディレクション(審査会・作品集):中野桃香
ディレクション(審査会監修):久保田秀明
デザイン(作品集):大濵桂子

STAFF’S COMMENTS

ディレクター 中野桃香

どれぐらいの応募作品が集まるかとドキドキしていましたが、予想をはるかに超える数が集まり一同歓喜!繊細な手業が光る作品を1点1点見ていて、手描きの魅力をあらためて感じました。私もこんなふうに絵が描きたいなと刺激をもらう瞬間も。コロナ禍での初開催、日に日に変動する社会情勢に振り回されながらも皆で臨機応変にやり遂げ、良い結果へ導いたお仕事だと思います。今後もこのコンテストを継続してほしいと、切に願っています。