明かりを灯した瞬間、その空間は幻想的な光に包まれ、観る者を魅了する——レースのような繊細な美しさを纏うこの筒は、「籠染灯籠」という工芸品です。
 この金属と光が織りなすアート「籠染灯籠」を、表情豊かな12カ月のカレンダービジュアルへと落とし込んだのが、トッパンのアートディレクター小林尚史です。彼が約2年がかりでつくりあげた2021年版の佐藤金属カレンダー『KAGOZOME LIGHTS』のクリエイティブストーリーをご紹介します。

カレンダーの絵柄となる金属アートを探す旅

 佐藤金属さんでは、金属を使ったアートを絵柄にして15年以上にわたりオリジナルカレンダーを制作しています。カレンダー制作は、表紙と中面12カ月分の絵柄を、めくるたびに変化をつけたビジュアルで構成することが求められます。しかし、金属アートは一般的に色のバリエーションが少ない上に、抽象的な彫刻作品が多く、カレンダー向きの作品を見つけ出すことが非常に困難。例年、苦労している部分です。
 さらに今回は、佐藤金属さんから「伝統・継承をテーマにしたものをつくりたい」という要望があり、伝統工芸に関連するような金属アートを求めて、小林は世界中の金属アートをしらみつぶしに調べていくような、地道な作業を重ねていきました。

籠染灯籠との出会い

 カレンダーの完成から遡ること約2年。金属アートを調べ続けていた小林は、とあるブログにアップされていた籠染灯籠の写真を見つけました。「ようやく良いものを見つけた!これなら光の色を変化させることで、色のバリエーションが出せる!」という喜びとともに、「すべて同じ形の籠で、12カ月の変化は出せるだろうか…?」と、不安も感じたそうです。
 では小林が見つけた籠染灯籠とは、一体どのようなものなのでしょうか?

⼯場に並ぶ籠染めに使われた籠の数々

⼯場に並ぶ籠染めに使われた籠の数々

左の様⼦からイメージを膨らませたカレンダーの表紙ビジュアル

左の様⼦からイメージを膨らませた
カレンダーの表紙ビジュアル

日本の伝統的な藍染技法「籠染め」

 籠染灯籠の「籠染め」とは、日本の伝統的な藍染め技法のことです。円筒形をした二つの真鍮製の籠(型)の間に生地を通し、生地の表裏に柄を写しとります。
 籠染めで染められた反物は、大正後期から昭和の時代を通し人々に深く愛されていました。表裏に柄をつけられるので、袖口から覗く裏地の文様は「粋」とされ、特に人気があったといわれています。
 しかし、大量生産や海外から輸入された安価な浴衣が市場に増えたことにより籠染めの受注量は激減。国内で唯一残っていた生産工場も十数年前に惜しまれながら生産終了となってしまいました。

世界に誇る、⽇本の⼯芸品として息を吹き返す

 一度は途絶えてしまった籠染めの伝統を復活させるべく立ち上がったのが、デザイナーの花房茂氏です。日本の粋な文化と、伝統の和柄の美しさを未来へつないでいきたいという想いで、「籠染灯籠」を生み出しました。
 日本の浴衣を染めていた味わい深い和柄が刻まれた真鍮製の籠、そこから放たれる幻想的な光は、観る者を魅了し、感動を呼ぶ新しい空間を創りだします。伝統工芸に新たな命を灯した籠染灯籠。2015年には、経済産業省のプロジェクト“The Wonder 500TM”において、優れた地方産品に選定されました。籠染灯籠は、世界に誇る日本の工芸品へと生まれ変わったのです。

ゼロから考える、籠染灯籠のビジュアル表現

 ⼩林は、2020 年版カレンダーのビジュアル提案時に、籠染灯籠を初めて佐藤⾦属さんに紹介しました。しかし、カレンダーにそのまま使えるような写真素材はなく、ゼロから企画を考えていく必要がありました。そこで佐藤⾦属さんと相談し、急いで制作するよりも、じっくり構想を練って良いものをつくろうという結論になり、約2年がかりとなる企画がスタートしました。

撮影案を考え、試行錯誤しているときのアイデアメモ

 小林は、撮影アングルやライティングはもちろん、組み合わせる素材——さまざまな種類の和紙や特殊紙、布、アンティークガラス、鏡、水槽、スモーク、砂、ビーズなど——をかけ合わせて40パターン以上の撮影案を考え、数度にわたって提案を行いました。

真夏の5日間、籠染灯籠とともにスタジオに籠る

 撮影が行われたのは2020年の8月。真夏の暑さの中5日間、みっちりとスタジオに籠り考えてきたアイデアを試していきました。これまでの撮影アイデアに加えて、現場での調整——構図、ライティングの色味、向き、強さ、光源の種類(LEDライトやタングステンライト、スマートフォンのライトなど)——を行い、あらゆるパターンで撮影テストをくり返しました。まさにフォトグラファーと二人三脚で、アイデアを出し合い試行錯誤を重ねていきました。
 熱い暑い撮影を終えると、当初小林が抱えていた不安はすっかり消えて、表紙から中面合わせて全13枚の写真が、見飽きることのない、表情豊かで季節のうつろいまで感じられるビジュアルへと仕上がったのです。

 かつては「籠染め」という伝統技術を支え、今はその技術の継承の願いを込めて、灯籠として新たな生命を宿した真鍮の籠が静かに放つほのかな灯りを、表情豊かな色彩美で表現した小林。こうした企画力と表現力が評価され、このカレンダーは全国カレンダー展にて日本製紙連合会賞(日本)、グレゴール・フォト・カレンダー・アワードにて銅賞(ドイツ)を受賞しています。

PRODUCT INFORMATION

佐藤金属カレンダー2021「KAGOZOME LIGHTS」
佐藤金属
カレンダー/2021年

アートディレクター:小林尚史
フォトグラファー:小宮広嗣
デザイナー:小川正洋
伝統工芸士:中野留男
アーティスト:花房茂

STAFF’S COMMENTS

アートディレクター 小林尚史

籠染灯籠で企画を進めることは決まったものの、「同じ形のものをどのようにビジュアルとして変化をつけていくか?」という壁につき当たり、構成案を考えるのに非常に苦労しました。ボツ案になってしまったものも数多くありますが、1点ずつゆっくりと確実につくりあげたからこそ、他では絶対に見ることのできないオリジナリティあふれる魅力的なカレンダーになったと感じております。