TOPPAN 凸版印刷株式会社

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CREATOR’S FILE クリエイターズファイルトップクリエイターに、仕事や考え方について伺います

自然体のデザイン。

16 有山達也

“シンプルで上質なライフスタイル誌”という、これまでになかった雑誌の世界を切り拓いた『ku:nel』(マガジンハウス)。そのアートディレクションを担当する有山達也氏は、エディトリアル、書籍の世界を中心に活躍を続けるクリエーター。決して奇をてらうことなく、その時々に要求されることに着実に応えることでキャリアを重ねてきた一流の仕事人でもある。『ku:nel』に結実したその歩みについて話を伺った。

第1話 「出会いと場に恵まれた幸運」

よく遊んでいた学生時代

 高校時代は体育会系ではないけどスポーツ好きという、ごく普通の子でしたが、デザイナーなのかイラストレーターなのか、高校2年頃にともかくそっちの方面に進もうと思い立って、美術の予備校に通い始めました。
 これにはちょっとした伏線があって、中学時代の美術の教師がとても熱心な人で、その人に引っ張られるようにして文化祭とか体育祭の看板を作っていて、その先生に「がんばれば藝大に行けるんじゃないか」と言われて。
 それで、予備校に毎日通って、先生の言ったとおりになんとか藝大に入ったはいいけど、今考えても「なにしてたんだろう?」と思うくらい、ほとんど何も勉強せずよく遊んでいました。

半径数メートルへの発信

 就職するときには漠然とエディトリアルの方向に進もうと考えていました。
 最初は広告代理店も考えてはいたんです。広告の世界にも興味がなかったわけじゃないけれど、自分の指向を振り返った時に、たくさんの人に向けて何かを発信するというよりも隣にいる人、半径数メートルくらいの人たちに向けて発信するほうが好みだったんですね。
 エディトリアルの世界はそちらに近いと思っていたのかもしれないですね。
 本の世界ならば、文字組みをきれいにやっているところがいいなと考えて、中垣信夫さんの事務所に入ることになりました。

美しい文字組みを学ぶ日々

 僕は本当に大学時代に何もしてこなかったから、デザイナーとしての勉強はすべて就職してから現場でしていったという感じです。文字に対する興味というのも、顕在化したのは中垣さんのところに入ってからです。
 中垣さんは本当に美しい文字組みをされていました。そういう指定紙を見たり、他の先輩たちの仕事を見て、何をどうすればどうなる、どういう書体を何級で、何歯のアキで組むとどうなるのか、基礎的なことを学んでいきました。
 中垣さんのところは、使う和文書体とそれに組み合わせる欧文書体が一覧表のようになっていて、その中から仕事に応じてチョイスしていくシステムでした。だから最初からこれはいい書体だと植え付けられるところから始まるわけで、自分の中にいい書体と悪い書体を見分けるベースが作られました。それがあるからこそ、自分なりに他にもいい組み合わせがあるんじゃないかって追求できる。本当にいろいろなことを吸収できたし、いい時間を過ごさせてもらいました。

直観を信じる

 中垣事務所には3年ほどいたわけですが、辞める直前に言われたことがとても印象に残っています。それは「直観を大事にしなさい」ということ。
 その言葉を言われる前はそんなことまで考えられなかった。中垣事務所のルールや先輩たちのやり方どおりにしなきゃという意識が強くて、そこに縛られがちでした。でも、自分がいいと思ったことを押し進めていってもいいんだとわかって、すごくラクになりました。
 すごく可愛がってもらったと思います。2004年に講談社出版文化賞のブックデザイン賞をいただいた時に会場に来てくれて、中垣さんも取られたことのある賞なんだけど、すごく喜んでくれました。よかったな、少しは恩返しできたかなと思います。

アートディレクションへの目覚め

 中垣事務所を辞めてから、ある肖像画の修復の仕事のギャラで、まだ当時高かったMacを買って、友人のツテで細々と仕事をしていたんだけど、ある時、アートディレクターの石崎健太郎さんから雑誌『マルコポーロ』の立ち上げに誘われたんです。
 この時に素材づくりから関わっていくという石崎さんのスタイルを見て、衝撃を受けました。
 それまでは写真も文字も編集者からもらって、いかにそれをきれいに組むかということしか知らなかったから、石崎さんのように編集者と話し合いながら中身まで一緒に作ったり、カメラマンも交えてどんな写真を撮ればいいかということまで踏み込んだり、作り手として積極的に関わっていってもいいんだというのが新鮮な驚きでしたね。
 その方法論を目の当たりにしたというのも、自分にとって大きな経験になりました。

今、何をすべきなのかを理解する

 仕事の内容は、とにかく石崎さんの描いたラフどおりにレイアウトして、連載物は決まったフォーマットに落とし込んでと、単純労働だったけれど、その時の僕に求められていたことは、石崎さんの完璧なアシスタントとして動くことだと理解してやっていました。
 どんな人と仕事をするにしても、どのポジションにいたとしても、自分が今、何をやるべきなのかを理解しているか否かというのは大事だと思いますね。上の人であろうが下の人であろうが、置かれている立場によって何をすべきかをきちんと把握していないと、チームとして機能しませんから。
『マルコポーロ』は突然廃刊になってしまって、僕を含めて外部のデザイナーは急に仕事を失うことになったわけですが、この時、石崎さんは外部の僕らにいろいろと気を遣ってくれました。ディレクターという仕事以上に大切なことを教えてもらいました。
 その後も石崎さんや文藝春秋の人たちがずいぶん心配してくれて、いろいろと仕事先を紹介していただき、その流れでNHK出版の料理ムックのデザインをやることになりました。
 実はその時はまだ、撮影ってどういうふうにしているんだろうって、何もわかってなかったんです。とりあえず現場に行かなきゃしょうがないと思って、現場に出て、指示はできなくてもカメラマンがどう撮っているのか、それがどう上がってくるのかを見ながら、どこにどう自分が関与できるのかを勉強しました。まだデザイナーに毛が生えたくらいのレベルだったけど、その仕事からアートディレクターとして動くようになり、本全体の仕上がりということにも目が向くようになってきた。
 そんなわけで、編集者の話を聞いてそのアイディアに対して、自分なりに “合いの手”を入れていくような感じで本の中身にタッチしていくようになったんです。

有山達也
アートディレクター/グラフィックデザイナー
1966年埼玉県生まれ。90年東京藝術大学美術学部デザイン科卒業後、中垣デザイン事務所にて約3年勤務。93年アリヤマデザインストア設立。94年『マルコポーロ』(文藝春秋)にデザイナーとして参加。以後、『ERiO』(NHK出版)、『store』(光琳社)、『ゆめみらい』(ベネッセコーポレーション)、『ku:nel』(マガジンハウス)、『FOIL』(リトルモア)などのアートディレクションを担当する。2004年『100の指令』(日比野克彦著/朝日出版社)で第35回講談社出版文化賞ブックデザイン賞を受賞。

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