トッパン年史センター
ごあいさつ
私たちの哲学
トッパン年史センターとは
会社史に託す夢
実践的会社史論
年史・社史編纂室から
博報堂120年史
ニッカウヰスキー80年史
ヤクルト75年史
トンボ鉛筆100年史
三井不動産七十年史
アサヒビールの120年 その感動をわかちあう。
ヨロズ60年の歩み
日立キャピタル50年の記録─次の50年、持続的成長のために─
夢の50年史『高級化粧品アルビオンの歩み』『語り継ぐアルビオンの言葉』
長瀬産業株式会社 創業175年―この40年の歩み
高砂香料工業株式会社80年史
年史編纂技法
お問い合わせ
TOP
年史・社史編纂室から

株式会社博報堂 広報室室長 寺島二郎さんからお話をうかがいました。

PageNo. 1 2 3

120年史の構成は・・・

 まず博報堂の120年を四つの時代に区分し、通史を編纂することとしました。教育雑誌の広告取次から始まったのですが、最初の60年間はほとんどが出版広告で、創業家の家族的な経営でした。
 1959年から急速にテレビが広まり、広告業界も大きく変わりました。GATTで海外から日本にいろいろなものが流れ込んでくるようになり、日本に新しい文化、特にアメリカの文化が入ってきました。社員も増えて経営の近代化も始まりました。
 次の時代が1981〜1994年です。日本の経済成長、生活文化の進展に寄り添って会社は大きくなりました。1970年代後半には、日本人は物質的な満足よりも精神的な満足を求めるようになりました。高度成長期のなかでひととおりのモノを手に入れ、次は心の満足を求めるという時代になったのです。博報堂が生活総合研究所というシンクタンクをつくり、生活者発想を掲げ、業界1位の会社と異なる路線を歩み始めた時代です。
 最後はバブル崩壊後から現在に至る20年間、低成長下の苦労の歴史です。


120年史の仕様は・・・

 編纂した制作物は、「贈呈版(正史)」と「ペーパーバック版」の2種類です。贈呈版は、函入の本編・資料編・仕事編の3分冊から成るもので、特注の袋に入れ、担当者が得意先・取引先のトップにお届けいたしました。本編は博報堂の歴史を紹介したもので約500ページ。資料編が約160ページ。仕事編は約80ページです。仕事編に掲載した広告については、得意先さま、タレントさんはもとより、亡くなっている方はご子息やお孫さん、作詞家、作曲家、カメラマンと、あらゆる関係者を追いかけて、ご了承いただいたものを掲載しました。仕事編は皆作りたかったのですが、一つひとつに非常にたくさんの権利が入っているので、途方もない手間暇がかかりました。
 この贈呈版の装幀用布クロスは、特注制作しています。「できるだけ多くの社員が参加できるような仕組みをつくろう」ということで、120年に向けた社員のメッセージを集めて、約1800人のメッセージのすべてを点字にし、織り込んだ布で装幀をしました。
 「ペーパーバック版」は1万5000部作りました。通史は、普通は読まれない記念品ですが、手にとって手軽に読んでいただけるものも作ろうと思い、博報堂のOBの逢坂剛先生ら、名の知られた人たちに「自分が知っている博報堂の楽しかったことを書いてください」と、実際に楽しく書いていただきました。


具体的な編纂のポイントは・・・

 私どもにとって初めての編纂でしたので始める前にいくつかの決めごとを作りました。
 一つ目です。みんなが社史と言いますが、「通史」と位置づけました。
 二つ目です。過去の事実を記述する際には主観が入ります。主観によって過去の事実に評価が入り、それにより記述が変わります。その出来事が博報堂の歴史のなかでどのような意義を持つのかを決めないといけないのですが、大人数で合議したら決めるのは大変ですので、少人数で決めてもらうようにしました。通史とは、通史を作ると決めたときのトップの歴史観でつくるということを事前に確認できたことが、作業を進めるうえで一番大事だったと思います。
 三つ目です。外部に支障のないものは不祥事を含めて、率直に、客観的に記述することにしました。
 四つ目です。仰々しいもの、時代がかった言葉づかいはやめることにし、謙虚に、淡々と、客観的に記述することにしました。
 五つ目です。受け取っていただいたときの印象が大事ですので、博報堂を代表するデザイナーに「端正なもの」を依頼しました。広告会社ですが、見た目を端正なものにし、実は「社員1800人のメッセージを点字にして織り込んでいる」というエピソードを付加しました。
 六つ目です。私どもは広告会社で、設備、製品がありませんので、人、社員の匂いが伝わるようにしました。本文では採り上げにくくても、欠かせない人物はコラムで紹介しました。
 七つ目です。バブル崩壊後、最近20年間は評価が難しく、直近の時期については歴史ではなく、記録と割り切りました。最近の出来事はまだ評価する段階にはないので歴史ではないということです。
 八つ目です。許諾権利関係です。お得意先があっての広告会社なので、細心の注意を払いました。途方もない手間暇をかけました。
 九つ目です。編纂プロセスでの配慮です。社内外で何かあるたびに「こういうものを作っています」と挨拶し、意見を伺うようにしました。プロセスにおいても120年の感謝を届けようという姿勢で臨みました。OBにもできるだけ会って話を聞きました。


編纂体制と期間について・・・

 2012年9月に編纂委員会を設立し、正式に編纂を開始しましたが、資料収集をはじめとする作業そのものは2010年から始めていました。事務局を設け、人を集めてもよいという内諾をもらったのが2011年3月です。
 当初は、事務局長兼編集長(広報室長)、進行管理・費用管理を担う管理職、本編の時期区分ごとの担当3人と、主に資料の整理を担当するアシスタント2人の体制でした。
 その後2014年に仕事編の遂行のために許諾専従者を4人に増員しました。
 時代ごとの資料を収集し、ライターさんにオリエンテーションをし、書き起こしてもらったものを組み替え、書き換え、トップに確認する。その繰り返しが丸3年です。
 資料編にはそんなに時間がかかっていませんが、仕事編は許諾を取るだけで丸2年間、専従の4人が走り回りました。ペーパーバック版は、外部執筆者にオリエンテーションをするのが早すぎたのですが、2014年夏に原稿がほぼできていました。ペーパーバック版の後ろで80ページぐらいに歴史のダイジェストをまとめていますが、本編の原稿がほぼできたところでサマリーにしました。そういう作業段取りでした。


編纂を終えての感想は

Page Top

Copyright(c) 2010 TOPPAN PRINTING CO.,LTD.

TOPPAN