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「ヤクルト75年史」株式会社ヤクルト本社 広報室 特別参与
伊藤親利さんの体験談をうかがいました。

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社史の仕様・構成は・・・

 社史の編纂を私なりに料理になぞらえ「おいしい社史」の作り方というタイトルでまとめてみました。

1番目は、「おいしい料理か、立派な料理か」
 読んでおもしろい社史か、豪華な社史かということです。13年前、刊行に向けて船出をしようとしたとき、当時の堀社長(現会長兼CEO)が、「社史や企業史はただ飾っておくものではなく、多くの人が楽しく読んでいただくものでなければならない。そういう社史をつくって欲しい。もう一つ、歴史は絶対に曲げてはならない。偏った社史をつくってはならない」と申しました。

 私は社長に念を押しました。「創業以来の大功労者である初代社長との権力闘争なども全て書いてよろしいのですか」と。社長は「それでよろしい」。そういう回答でした。

 社史は豪華本もいいものです。中身はガチガチにガードが固く、表現は穏健そのもの、ハードカバーの表紙に金か銀の特色を使った帯を巻いて、金粉を散らした豪華な箱に収められている。トップに第1冊目を献呈すると、ため息をついて「よくできたな」と絶賛。そのまま社長室に永遠に眠ってしまう。そういう社史も当然あっていいと思います。ですが、ヤクルトは読んでもらう社史、誰もが読みたくなる社史を絶対的な基本方針とすることにしました。

 「ヤクルト75年史」は本社だけでなく、ヤクルトグループ全体の歴史を記載しています。体裁は4部構成で、A4判変形、本編上下2巻(上巻175頁、下巻212頁)、資料編105頁、別冊はB5判31頁、合計523頁です。

 私共の社史には「刊行にあたって」というものはありません。理由は「前文」や「刊行にあたって」というものは絶対に読まれないからです。そのわりには労力がいる。格調の高い言葉を一生懸命操り、最後に決まって「弊社に対するご理解の一助となるように願ってやみません」と。そんな草案を書いて、しかるべき部署に校閲に回す。または、しかるべき方にお伺いを立てる。そこで修正が入る。直して持っていくとまた修正が入り、「こっちのほうがいいかな」。揚げ句の果てに、「文章が上手なだれそれにも見せて意見を聞いてみなさい」。だいたいこういう具合ではないでしょうか。刊行後は、誰も目もくれない。そんな無駄なことはしたくないというのが趣旨でした。

 当社の社史は2014年3月25日、友引に発行しました。多くの方のご支援やご協力があって、そして配布する先の方々とこれからも「えにし」を結んでいかねばならない。そう思って日柄まで選びました。


具体的な作業内容とポイントは・・・

二番目は「おいしい社史は素材のよしあしで決まる」
 素材の話です。以前、総務部に史料収集チームという部署が存在していました。1930年、代田稔博士が「乳酸菌 シロタ株」を開発し、乳酸菌飲料「ヤクルト」を発売した戦前から、史料収集チームが解散した2000年ごろまでの、ありとあらゆる史料を10年以上かけて集めて保管してありました。この膨大な歴史の史料がなければ社史はつくれなかったといっても過言でありません。創業者代田稔博士の誕生から亡くなるまでの写真、創業当時の写真、戦後の復興の様子、古い工場や販売会社の写真、容器の変遷、看板、広告関係。特にお亡くなりになった創業一族の方たちからの聴き取り話。今となってはお聴きするすべもないですが、よくぞあのときに10人以上の方からインタビューをして聴き取っておいてくれたと、たいへんに感謝をしております。

 そして質、量ともに優れたものでした。写真についてはきれいに撮れているだけではなく、年代や写っている方の名前、場所が明記されていました。さらに、創業当時の方からの聴き取りでは、複数の方から同じような話を聴き取っていました。これは話の信憑性の問題で大切なことです。回顧談の聴き取りは、とかく自分中心になりがちです。そのまま鵜呑みにできませんので、複数の方の同じ話に基づいて事実判断ができると思います。そのように史料収集チームの過去の労苦は今回の社史刊行の最大の功績であると先輩諸兄に大いに感謝を捧げております。社史のよしあしはすぐれた素材に尽きるかもしれません。

三番目は「献立、すなわち仮目次づくりは時間をかけてじっくり煮詰める」
 執筆を始める前に重要なことは献立づくり。すなわち仮目次、あるいは基礎年表を、時間をかけてしっかりとしたものをつくり上げることです。社史の骨格を固めることが、出来あがりを左右する重要な分かれ目だと思います。

四番目「この人しかいないという料理人(シェフ)を選ぶ」
 「飾っておく社史ではなく、楽しく読んでいただく社史にしてくれ」という社長の一言は私たちにやる気を起こさせました。おいしい料理をつくるには最高の料理人、シェフを選ぶ。社史制作も同様です。最高のライター、最高のデザイナー、最高の印刷会社を選ぶ。これが私たちの方針でした。印刷会社は凸版印刷にお願いしました。凸版さんには年史センターの丁寧なチェックやアドバイスをはじめ、とても信頼性の高い仕事をしていただきました。

 さて、ライター、デザイナーですが、とびきりのライターを起用する。これは絶対に譲れないと思いました。当社では仕事の上で、超一流の演出家、脚本家、カメラマンとお付き合いがあり、質の高い広報ビデオや研修ビデオをつくっています。読ませる社史をつくるには脚本家のUさんしかいないと考え、執筆をお願いしました。社内で書く、社史ライターさんに頼む、研究の専門家に頼む。選択肢はありましたが、脚本家の方を起用しました。これが当たりました。

 社史専門のライターは堅実ですが、慣れた仕事を慣れた形でやってしまうかもしれない。私はこれが気にかかり、Uさんにたってのお願いをし、たいへんなご多忙の中、承諾いただけました。こうした稀有なパートナーとの巡り合いも、よいものをつくる上でとても重要なことだと思います。


編纂体制と経過について・・・

五番目は「社史編纂委員会のお膳立て」
 今回、社史を円滑に刊行することができた要因の一つは、社内に社史編纂委員会を設置し、大いに活用したことによると思います。当社は8つの事業本部に分かれております。編纂作業は、広報室が一方的につくるのではなく、各々に決定権を持たせ、細かいところまで事業本部ごとにチェックしてもらいました。こうして当社始まって以来の社史編纂事業は全社的な規模で進めたのです。

 13年間に社史編纂委員会は計4回開きました。8つの事業本部の役員をその都度網羅しておりましたので、委員数は延べ32人に上りました。そして、4回とも仮製本したサンプルをつくり、全ページ、厳密に校閲を社史編纂委員会にしてもらいました。このような細かい作業を通して、委員は自分たちの手でつくり上げたという意識になり、今回の編纂の目的は狙い通りになりました。

 校閲結果は多岐かつ膨大な量になりました。少数意見でも良しと思えば採用しました。そうでない場合でも、社史編纂事務局の権限で判断しました。その判断理由も明確にし、結果として事務局一任で、問題は起こりませんでした。決定事項は社史編纂委員会が決めたという形をとり、中身は事務局一任にしたのです、これが社史制作成功の大きなポイントでした。

 70年史刊行でスタートをして、最終的に75年史となった13年間、何をやっていたのかという疑問の声が挙がりそうです。ありていに申せば、抜本的なつくり直しをやっていました。創業に携わった方への再取材、事業転換期に中心になった人たちそれぞれへのインタビュー、全編にわたる不適切な言葉の排除。新たな証言を見つけ出して取り除いていく作業など、社史を記すということはここまでやるべきなのかという思いを強くしました。

 本文や写真のキャプションはもちろん、古い小さなチラシの文言も全てチェックしました。昭和30年ごろまでは許されていても、現在はNGといった表現や文章が大量に見つかりました。さらに社史編纂委員会に校閲を依頼すると、思いがけない修正、訂正が大量に出て、大混乱になりました。創業70周年刊行どころでなくなり、ただただお蔵入りにならぬようがんばったのです。タイトルは「ヤクルト75年史」、70年史から一文字変わっただけですが、ようやく創業75年の2014年3月に刊行できたときは、綱渡りのような13年間だったと、実感したものです。

六番目は、「食べさせたいお薦めの一品、社史の肝」
 仕事には感動があって初めてやりがいがあり、思い入れがあって初めて仕事に輝きが生じます。社史編纂も同じです。17年間、毎日のつらく切ない社史制作の仕事に携わり続けられたのは、この一言が言いたい、この一節を読んでいただきたい。この1枚の写真を見て、感動を伝えたいという強い思いが支えにあったからこそだと思います。

 1954年(昭和29年)全国の販売者や権利者たちが集合しました。設立に集まったのは一旗揚げてやろうという人たちでした。その先輩たちが半紙にガリ版刷りで、事業内容の清く、美しい序文(詳しくは社史参照)を旗印にすると決めたことを思い起こすと、私はいつも大きな感動を覚えます。この言葉を広く知っていただきたい、この思いで社史を作り続けることができたのです。

七番目、「時にはコラムやクローズアップで箸休め」
 本編は読ませるためのいろいろな仕掛けが施してあります。コラムを挟むことや、特定の事柄を見開きなどで大きく取り上げるクローズアップしかりです。「読み始められたらやめられませんな、この社史は。仕事の合間に2日間で全部読んでしまいましたよ」と言ってくれた役員がいました。そして、できたら即配布、熱々を食べてもらうと文句も少ない。完成したら、日柄のよい日を選んで、速やかに刊行する。ぐずぐずしていると、いろいろな横やりが入って、なかなか刊行できなくなってしまうことがあります。これは実感としてお伝えしておきます。


編纂を終えての感想は

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