TOPPAN 凸版印刷株式会社

当サイトは、コミュニケーションメディアのひとつである印刷表現の幅を広げ、クリエイティブに役立つ情報を発信するウェブサイトです。凸版印刷のグラフィック・アーツ・センター(GAC)が運営しています。

EVENT REPORT イベントレポートGACからのお知らせや関わったイベントをレポートします

2010年参加の新村氏と2007年参加の澁谷氏による、グラフィックトライアルを基点にしたデザイントーク。(於:P&Pギャラリー、2010年7月7日)

グラフィックトライアルは2006年から年1回開催し続け今年で5回目になりました。今年は新たな企画として、今年度のクリエイターと過去に参加したクリエイターによるトークセッション「ギャラリートーク」が行われました。その第2回は新村則人氏×澁谷克彦氏。澁谷氏は2007年のグラフィックトライアルで白の表現を追求し、5つの異なる「白」の世界を創出しました。おふたりは10年来、資生堂の仕事を中心にコンビを込んできた旧知の関係にあります。トークも2人の出会いから始まりました。

●資生堂の仕事を通じて――2人の出会い

新村:それでは最初に、2人の出会いからお話ししたいと思います。

澁谷:もちろん覚えていますよ。

新村:初めて会ったのは年鑑制作などを担当するJAGDAの出版委員会で、委員長は松永真さんでした。それで松永さんの事務所にいた僕も参加して、そこで澁谷さんと出会ったんです。

澁谷:ちょうど<ELIXIR(エリクシール)>の仕事でデザインを誰か外の人に頼みたいと考えていた時で、委員会で会った新村さんに頼むことにしたのが一緒に仕事をするようになったきっかけでした。出会いのタイミングと仕事のタイミングがすごくよかったんですね。

新村:資生堂の人たちといえば雲の上の存在だったし、資生堂の仕事をできるとは思ってもいなかったので本当にもう嬉しくて。資生堂の仕事の仕方を生で見ることができるのが何より嬉しかったです。実際に、撮影の仕方、打ち合わせの仕方、そのひとつひとつが驚きの連続だったし、ものすごく勉強になりました。

澁谷:資生堂にいる僕には普通なんですが、他の仕事をしている人からするとカルチャーショックのようなものがあるのかな。

新村:例えば、日本の家屋を背景に小泉今日子さんがいるビジュアルの<ELIXIR>「さびない、ひと。」のポスター撮影では、雰囲気を大事にしたいからと家を丸ごと一軒建ててしまったんです。写る部分はほんのちょっとだから、写る部分だけセットを組めば済むのに。これには驚きました。

澁谷:だって、もしかしたら予定外のアングルで写真を撮りたくなるかもしれないじゃないですか。そう考えると、話がどんどん広がっていってしまうんです。以前、バラの色をモチーフにした口紅をローズガーデンのイメージで撮影しようとなった時には、バラ園の畑を一つ丸ごと買い取って、スタジオ内に公園のようなバラ園をつくってしまったこともありましたからね。結局ほんの一部しか写らなかったのに。それに比べれば、<ELIXIR>は五分の一くらいは写っていますから大丈夫ですよ。

新村:そうだったんですか…。ビックリすることばかりでしたが、とにかくああいう現場にいられたのはすごい経験でした。

澁谷:資生堂は撮影でいろいろやりますからね。小さな素材ひとつにもかなりの手間をかけています。<ELIXIR>でも、日本家屋の古さを短時間で作り出すために、廊下材には1回火で焼いてから全面をヤスリで削ったものを使用し、磨き出した木の味わいに仕立てました。質感にしても、表現の可能性にしても引き出しをたくさん持っていれば、何かアイデアが出てきたときにも応用できますからね。

新村:デザインでも、「こんな感じで作ってみました」と見せると、書体ひとつから澁谷さんはいろいろアドバイスしてくれるんです。何度でも突っ込んで深めてくれたり、面白い方向にもっていこうと考えてくれる。それがまた、僕の持っていない感覚なので、本当に勉強になりました。

●「白のインキ」と「ウロコの表現」――それぞれのトライアル

澁谷:では、そろそろトライアルの話をしましょうか。

新村:澁谷さんは3年前でしたね?

澁谷:やるからには仕事の糧になるものをと、白いインキをテーマにしました。資生堂のテーマは、化粧品です。写真を取れば人の顔は写る、でもそれをどうやって化粧品の顔にするかがテーマになります。スキンケアで手を入れたしっとりした肌、ファンデーションで滑らかに仕上げた肌など、そこに写っているもの自体が資生堂の商品そのものなのです。写真に写る表面をいかに美しく見せるか、いかに商品としてのクオリティを出すか。肌の見え方が普通とは違うと感じてもらうために何をしたらいいかを考えます。白の表現はそこに機能するのではないかと考えたわけです。

新村:難しいなあ。

澁谷:僕の好きな日本画家の速水御舟は、舞妓さんを生成りの紙の上に描いて、白塗りの肌を胡粉の白で塗るんです。艶めかしくて、温度を持っているような肌に見えるのですが、その感じが化粧品の匂いや温度に近いように思えたことが、白の表現をやりたかった理由でもあります。それでトライアルでもトーンを持ったり、光ったりする紙を使いながら、その上に白の印刷でハイライトを作るという実験をしました。 新村さんのトライアルの話もしてください。

新村:僕は印刷には全然詳しくないんです。それで技術というよりは素材のトライアルで、ウロコの面白さをテーマに、UVインキやバーコなど特殊印刷を使わずに、ウロコのみずみずしさや輝きを出すことに挑戦しました。メインに使ったパールメジウムは、何度も重ね刷りすると濁ってくるという特徴がありまして、その不透明さがウロコのちょっと乾いた感じに近いことを発見したんです。最終的にはパールメジウムの5度刷りを基本に、グラデーションやグロスニスで工夫しました。

澁谷:実験のプロセスを見ると、パールをグラデーションにしてから一気に感じが出てきたよね。

新村:そうなんですよ。途中でプリンティングディレクターの尾河さんが思いついてアドバイスしてくれたんです。パールメジウムをベタ版で重ね刷りしていたのを、5版それぞれ異なるタイプのグラデーション版にして刷るというもので、それでディテールが出せるようになりました。僕一人ではできなかった表現です。

澁谷:それにしても、新村さんの魚に対する執念を感じますね。

新村:澁谷さんの化粧に対する執念と同じですよ。

澁谷:そんな執念、僕はないですよ。まあ、女の人に対してはちょっとあるかもしれないけれどね。

新村:僕は漁師の家の出身ですので。

澁谷:(会場に向かって)新村さんは瀬戸内海の小さな島のご出身なんですよ。僕も行ったことがあるのですが。やっぱりこだわりがある?

新村:魚にはありますね。

澁谷:それが新村さんの強みになっていますよね。最終的にクリエイターが強みを出せるのは、やっぱりその人のアイデンティティですから。いくらデザインがうまくても、印刷の知識があっても、それは時間があれば誰でもできる。その上で本当の魅力はと言えば、その人じゃないと出せないものが重要になる。そのことに新村さんはわりと早く気付いたように思います。

新村:でも30歳からですよ。都会的なものに対する憧れはあったけれど、ある時、島や魚をテーマにしてもいいと気がついて、それからふっ切れましたね。

●共通するのは「活きの良さ」?――それぞれのDNA

澁谷:フランスのアーティストの話では、人間の記憶というのは8歳までに決まってしまい、以後の記憶は全てそれを補完するものでしかないそうです。自分でも確かに子どもの頃に思ったことのほうが、大人になってからの影響よりもオリジナリティがあるような気がします。

新村:僕もそこからアイデアを出すほうが安心です。

澁谷:そういうアイデアは絶対に他の人には出せない、自分ならではのものでしょう? かといって固有のものと言うよりはどこか皆に共通するものもある。それが特別な記憶になっているのは、自分ならではの感じ方で受け止める子ども時代だからなのだと思います。特別な部分と共通性と両方があるから誰もが共感できるアイデアになりやすいんです。例えば、僕にも魚の記憶はあるけれど、新村さんの記憶とは絶対に違いますよね。

新村:違いますね。僕のは海の魚ばかりですから。 ところで、実はずっと不安だったんですが、澁谷さんは化粧品やビューティやオシャレとまったく縁がなかった僕と資生堂の仕事をやっていて不満はなかったんですか?やっぱり都会向きじゃないなとか、資生堂に向いていないとか、そう思いませんでしたか?

澁谷:全然大丈夫ですよ。だって、資生堂のことを知っている僕が一緒にやっているのだから心配ない。もちろん新村さんが一人で資生堂をやっていると聞いたら、心配でどうしようもないでしょうが。

新村:よかった!ちょっとホッとしました。

渋谷:そもそもコラボレーションの醍醐味は、自分にないものをいかにして相手から見つけるか、ですからね。 二人が同じことをやってもしょうがないし、自分では出てこないアイデアが相手から出てくるからこそ面白い。万一、新村さんのアイデアがちょっと生臭いなと思うことがあったとしても、僕の化粧品的スキルでフォローすればいい。それに本質的なところで新村さんとはシンクロできているように感じます。それは、新村さんに漁師のアイデンティティが刷り込まれたDNAがあるせいだと思う。魚の目が曇ったらおしまいだというような、「活きの良さ」に対するこだわりが、女性の表現にも繋がっているんですね。女性だって目がきれいでキラキラしていないと生命力が感じられないでしょう?女性も魚も生命力をどう表現するかですからね。

新村:そう言ってもらうと、なんだか嬉しいな。

澁谷:ということで、今回のトライアルについて資生堂的に言わせてもらえば、トライアルは鯉のぼりにしないやり方もあったように思うな。ウロコのビジュアルがすごくきれいなので、これをデザイン的に見せる手もあったかもしれない。

新村:実は、いろいろな人に言われました。

澁谷:でも、新村さんならではのサービス精神がかわいらしい鯉のぼりにしたんでしょうね。誰にもわかりやすくて、やさしいデザインに落とし込んだという気がします。

新村:デザイン的に考えるより、魚なら魚とわかったほうがいいという思いの方が勝ってしまうんです。

澁谷:僕だって、デザイン的野心のようなものを入れるようになったのはわりと最近になってからですよ。デザインをどうするかというより、何を表現するかのほうにこだわりがあるし、デザインということをあまり考えたことはありませんでした。考えるようになってきたのは、ちょっとひねくれてきたからかもしれません。

●発見からアイデアは生まれる――2人の関係

澁谷:でも、なんといっても新村さんと一緒に仕事をしていて面白いのは、その素直さと「子ども性」にあると思います。僕にとって新村さんはカナリアなんですよ。

新村:え?カナリアって、鳥ですよね?僕、カナリアですか?

澁谷:ほら、一酸化炭素のような有毒ガスにいち早く反応するからって、炭鉱では一番前で掘る人が必ずカナリアを連れていくと言うじゃないですか。あれです。

新村:よくわからないですけど……。

澁谷:僕は逸脱するのが好きで、どうやってルールから外れようかと考えてばかりいますからね。のめり込んでしまって良いか悪いか見えなくなってしまっているような時には、新村さんの素直な反応がカナリアの役目を果たしてくれるんです。いつもは僕の仕事を面白がってくれている新村さんが、モジモジし始めたり、「なんかヘンだなあ」とブツブツ呟き出したりした時は、「ちょっと違うのかな」と考え直すことにしています。やっぱりデザインは伝達という意味においてはわかりにくくてはいけないと思っているので、毒ガスを感知するカナリアのように反応してくれる新村さんがいてくれるといいんです。

新村:う〜ん、なんか感慨がありますね。

澁谷:<INOUI(インウイ)>も一緒にやりましたね。やっていく中でいろいろな発見があって、それがひとつになっていったような感のある、面白い仕事でした。赤い透明アクリルのパッケージから、彩度の高い赤は他の色を消し去って濃淡だけにしてしまうということを発見し、そこから赤を見せて他の色は見せないというアイデアが生まれました。何かひとつこだわる地点が決まると、アイデアは出やすくなる。デザインはきれいであることも重要ですが、何より発見がないと意味がない。発見があればそこには感動が生まれ、感動はモノを作るモチベーションになる。前に進める。

新村:1人でやっていると絶対発見できないことを、自分とはまったく違うタイプの澁谷さんと仕事をしていると発見できるのが、僕にはすごい財産になっています。

澁谷:最近ユニットで仕事をするデザイナーやカメラマンが多いのも、そうやってお互いに発見しあえるからかもしれない。コラボレーションの良さもそこにあるように思います。

新村:それはありますね。僕などは困った時には、とりあえず友達やデザイナー仲間に意見を聞いてみることにしています。

澁谷:いずれにせよ、自分の中に溜めておかないことですね。それから自分で手を動かすこと。人に聞いたり手を動かしたりしないで頭の中だけで考えていると、あまり発見はないですよね。

新村:そうですね、動いてみないと。

澁谷:アイデアは色々なところから出てくるものだと思うので、机の上だけで考えずに手や足を動かして脳に刺激を与えてほしい。目の前の風景が変わるだけで脳に刺激を与えられるし、新しい発想が出てくると思います。そこで大事なのは、自分が何を探しているのか認識すること。自分が動いたり作ったり失敗したりしながら、ちょっと引いた目で見た時に「あ!」というものが見つかるような気がします。新村さん、お互いにまだまだ発展途上にあるし、まだまだうまくなりましょうね。

新村:はい、頑張ります!

渋谷:僕も頑張ります。(会場に向かって)皆さんもいいデザインライフを送ってください。期待しています。

新村:ありがとうございました。

心地よいリズムで次々と話題を提供する新村氏、当意即妙に切り返す渋谷氏。軽妙なやりとりの中、随所に現れるデザインへの熱い思いと深い考察。有意義な示唆に満ちた、あっという間の1時間半でした。

  • ご意見・ご感想・お問い合わせ 
  • 著作権について 
  • 個人情報保護方針
© 2002 TOPPAN PRINTING CO., LTD.