TOPPAN 凸版印刷株式会社

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CREATOR’S FILE クリエイターズファイルトップクリエイターに、仕事や考え方について伺います

言葉を伝えるデザイン=タイポグラフィの豊かな世界

19 白井敬尚

ブックデザインや雑誌のデザインをはじめ、タイポグラフィを中心としたデザイン分野で活躍する白井敬尚氏。タイポグラフィ史の研究にも積極的に取り組み、美術大学でデザイン教育に携わるなど、多角的な活動を続けているが、その起点には常にタイポグラフィへの熱い情熱があった。白井氏のタイポグラフィとの衝撃的な出会いを軸に、グラフィックデザイナーとしての歩みを追った。

第1話 「タイポグラフィの広大な沃野へ」

のんびりと“アドリブ”的に育った少年時代

 小さい頃から図画・工作は好きだったけれど、絵を描くことが職業の選択肢のひとつにつながる発想自体が頭にありませんでした。
 高校時代はバンド活動に熱中していましたが、だからといってそっちの方面でやっていこうという考えもなく、単に楽しいからやっていた…のんびりしていたんですね。
 ただ、当時からジャズやギターミュージックを聴いていたので、ECMレーベルのシンプルで端正なジャケットをかっこいいなあと思ってはいました。それは今の嗜好に通じているかもしれませんね。
 進路の選択をしなければならなくなった時に、父親から「絵が好きなんだったらデザインとかイラストレーションという世界もあるぞ」と言われて、初めてそういう職業もあるのかと知ったくらい、何も知りませんでした。
 それでデザイン学校に入ってみたら、ノートに絵を描いたり、タイトルの文字を明朝やゴシックで描いたりと、それまで小・中・高の頃に授業中に遊んでいたようなことの延長が、課題になっていてびっくりしました。同級生で課題をサボってる人がいると、なぜ? と不思議に思うくらい楽しかったですね。
 卒業後は先生の知人に紹介されて大阪のデザイン会社に入ることになりました。その時ですら、面接の具合からなんとなく採ってくれそうだと感知し、その帰路になって「あ、大阪に就職ということは、僕は家を出るんだ」と気づいたくらいのんびりしていて(笑)。

上司の“誘導”でタイポグラフィと出会う

 会社に入って直属の上司になった宮崎利一さんという方が、タイポグラフィ研究家でもありタイプデザイナーだった佐藤敬之輔先生の最晩年のスタッフだった方でした。
 この方との出会いは大きかったですね。最初から「君はタイポグラフィがどういうものか知っているか」と、何も知らなかった僕に手取り足取り初歩から叩き込んでくれました。
 宮崎さんは印刷物には必ず文字活字があるのだから、グラフィックデザインはタイポグラフィを基礎から理解するところから始めるべきだ、という考えをされる方だったのです。

タイポグラフィへの覚醒

 宮崎さんに言われるままにタイポグラフィの勉強をはじめて、1年ほど経った頃、ヘルムート・シュミットさんの『タイポグラフィ・トゥデイ』に出会いました。
 その本を見るとレタースペースの調整から行の組み方まで、デザインに関する視覚コントロールのあらゆることが展開されていて、活字だけでこんなことができるなんて本当にすごいと、震えるほどの感動を覚えました。こういうことがやりたい、こういうものが作れるデザイナーになりたいと心から思いました。この時の衝動が今の僕につながっているんですね。
 当時、仕事ではSP(セールスプロモーション)ものを数多く手がけていました。書籍組版のタイポグラフィという自分の興味領域とは少し違う分野の仕事をしていたのです。
 カタログは限られた紙面の中に膨大な数の商品を掲載し、しかも品番、品名、価格、サイズ、カラーなど多種多様な情報を整理して載せなければなりません。
 商品スペックひとつ組むにしても、同じ書体でボールドからライトまでのウエイトで濃度差による強弱をつければ、単に文字サイズを大きくしなくても解決できるとか、飾りではない機能としての罫線の使い方とか、いくつもスペック組みのパターンを作って、試行錯誤を重ねていました。
 そういうことは今の仕事にも生きているし、制約だらけの実践の中でしか学べないことだと思います。

タイポグラフィを巡る人々との交流

 ある日、宮崎さんが「スイスタイポグラフィをきちんと論理的に説明でき、実践している新島実という人に会った」と語ってくれたことがありました。
 そこで、僕も東京出張の折に新島さんに会いに行ってみたら、スイスタイポグラフィというのはこういうことなんだ、と詳しく話していただいて、方法論から何から、想像していたものとはまったく違うことに衝撃を受けました。それからは東京出張のたびに新島さんにお会いし、その都度刺激を受けました。
 また、タイポグラフィを専門に扱っている出版社であり組版会社でもある朗文堂の片塩二朗さんに出会い、以後20年以上にわたって親しくお付き合いさせていただくようになりました。
 こうした東京での出会いを通じてスイスタイポグラフィ、いわゆる近代造形の考え方に基づいた、視覚コントロールをきちっと行なうタイポグラフィを定着させていこうという人たちの輪に、なんとなく入ることになったのです。
 また、宮崎さんがかねてより清原悦志という人の仕事をとても高く評価されていて、折に触れていろいろと話してくれていました。
 そうしているうちに、もっとタイポグラフィを自分なりに突き詰めたい、東京に行けば書籍の仕事があり、もっとタイポグラフィを追究できるだろうと思うようになり、東京行きを決意することになったのです。

清原悦志氏との出会い、そして東京へ

 東京に行くのなら、やはり清原悦志さんが主宰されていた事務所「正方形」だと、勝手に決めていました。面識も伝手もなかったのですが、ともかく話だけでも聞かせてくださいということでアポを取って。
 これまでの自分の仕事やレコードのライナーノーツを自分なりに組版し印刷したものを見ていただいた後、「事務所に入れていただけませんか」と話したら、その場で快諾していただいて「正方形」に入社することになりました。

白井敬尚
グラフィックデザイナー
1961年愛知県生まれ。株式会社正方形、正方形グラフィックスを経て、98年白井敬尚形成事務所を設立。
主にタイポグラフィを中心としたデザインに従事している。主な仕事に、朗文堂『タイポグラフィの領域』『書物と活字』『ふたりのチヒョルト』『欧文書体百花事典』、大日本印刷『秀英体研究』、青土社『ユリイカ』、誠文堂新光社『アイデア』など。
武蔵野美術大学、京都造形芸術大学、東洋美術学校非常勤講師。タイポグラフィ学会会員。

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